第8話 ヴィルヘミーナ

 会議が解散した後、皇帝とクロードだけが残る。




「陛下、ヴィルへミーナの態度が目に余るのですが」




 率直な臣下の意見に皇帝は苦い顔をした。




「そう言うな。エルフは非常に気位が高く気難しく、御しがたいのは知っているだろう」




「はい」




 仕方なさそうに返事をするクロードに皇帝は言って聞かせる。




「だが、一度打ち解ければ非常に親切で親兄弟以上に頼りになる種族でもある。バルトロメウスに対するヴィルへミーナを見れば想像はできるだろう?」




「……御意」




 クロードは不本意そうに認めた。


 ミーナがバルに対して忠実で従順なのは一目瞭然である。


 彼らが男と女であることを考慮すれば妙な勘繰りをしたくなるほどだ。




「あやつを八神輝レーヴァテインにしたのは、他の者ともああいう関係になってくれることを期待したからだ。もちろん、断罪の女神と謳われる強さあってこそだが」




「バルトロメウスは無欲で野心のない、信用できる男です。あいつがいるかぎり、ヴィルへミーナも帝国の味方として計算できることは理解できるつもりです」




 皇帝の意図を聞かされたクロードは、拳を握りしめて声を絞り出す。




「ですが、陛下に対してあの態度は……」




「そなたの生家は建国以来の臣であったな」




「はい」




 皇帝の言葉に彼はきまじめに答える。


 クロードの家は帝国が誕生した時、初代皇帝に貴族にしてもらった由緒ある名門だ。


 皇族に対する礼儀と敬意、恩義というものを魂にまで叩き込まれて育ったと言っても過言ではない。


 そのような男だけに、皇帝に対してぞんざいな態度をとるヴィルへミーナは許しがたいのだ。


 彼女に直接怒りをぶつけて八神輝レーヴァテインに不穏な空気を生む愚行をひかえる、自制心の持ち主でもある。




「余からは何も言えぬ。だが、バルトロメウスに相談してみてはどうだ?」




「……それしかありませんか」




 クロードは「どうして陛下からバルトロメウスに言えないだろう?」と疑問を持つ。


 しかし、凝り固まった忠誠心が言わせなかった。




「ではさっそく行ってまいります」




 と言った彼を皇帝は止める。




「分かっておるか? バルトロメウスは二等エリアに庶民として住んでおる。周囲はあやつの正体を知らぬ。そのつもりで行くがよい」




「は、はい……」




 クロードは表情が引きつった。


 うわざには聞いていたが、実話だとは思っていなかったのである。


 幸い彼も転移魔術を使えるため、会いに行くのに差し支えはない。


 クロードが転移魔術でバルの家に移動すると、本人はミーナとお茶を飲んでいた。




「珍しい客だな」




 バルはのんびり言ったものの、ミーナは刺すような視線を向けて来る。


 ふたりきりの時間を邪魔されて怒り狂っているように見えた。


 ミーナの恐ろしいところはクロードの精神に圧迫感を与えつつ、近隣の住民は何も気づかないように工夫しているところだろうか。


 クロードはそのことにもちろん気づいており、彼女がまだ理性を保っていると判断する。




「どうかしたのか?」




「持って回った言い方は苦手なので、手短に言おう。ヴィルへミーナの陛下に対する態度が我慢できぬ。エルフという種族に理解しようとは思うのだが、もう少し何とかならないか?」




 バルの問いに彼は、ミーナを見ながらはっきりと言う。




「お前ごときの指図は受けない」




 彼女の返答は冷淡であり、刺すような視線は強さを増す。


 クロードが応じる気になれば戦いがはじまってしまうかもしれない。




「ミーナ、譲歩してくれ」




「バル様?」




 バルが一言言うと彼女はエメラルドの瞳を大きく見開く。




「わ、分かりました。ですますくらいは使うよう、気をつけます」




 意外なほどあっさりと彼女は譲歩する姿勢を見せる。


 バルの言葉があったからに他ならないが、クロードは面白くなかった。




「バル……と呼ぶか。なぜ今まで言わなかった?」




「誰もミーナに抗議しない状況が気に入らなかったからだ」




 バルは残念そうな顔で説明する。




「同格同士なのに情けないと思ってね。だが、嬉しいよ、クロード。お前のような男がいると分かって」




「あ、ああ?」




 クロードはようやく理解した。


 バルは誰かが皇帝のために抗議するのを待っていたのだと。




「バルは我々を試していたのか……」




「そう解釈されてもかまわないよ」




 バルは悪びれなかった。




「いや、確かに我々が情けなかったのは否定できんな」




 クロードは認める。


 彼のこういうところがバルは好ましく思う。

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