第7話 報告と疑問

 帝都の外に送られたバル以外の八神輝レーヴァテインが戻ってきたため、臨時の会議が開かれる。




「どうであった?」




 あいさつもそこそこに皇帝が問いかけ、最初にクロードが答えた。




「私が対応したのはオーガの群れでした。けわしい山岳地帯にあれだけの数のオーガが出るのは不自然ですな。調べた結果何の痕跡もありませんでした。大群をどうやって維持していたのか、どうやって移動して来たのかすら不明です」




「こちらも同じようなものですね。雑魚数千、食料やフン、移動してきた痕跡らしきものが何もない点も一致しています」




 八神輝レーヴァテインの面々の報告を聞いた皇帝は困惑する。




「各地に転移術などで魔物を送り込んだというのか? ヴィルへミーナですら難しそうな芸当を、やってのける怪物が敵にいるというのか?」




 思わずという表情で声を漏らす。


 この中で最も魔術に長けているのがミーナであり、彼女ですらできないことをできる存在がいるというのは、皇帝にとって最も考えたくない事態だった。




「おそらく召喚術だな」




 と言ったのはそのヴィルへミーナである。


 彼女が自発的に発言するのは珍しいため、皇帝は嬉しさを隠し切れない様子で聞いた。




「召喚術と言えば余は精霊召喚を連想するのだが、魔物を呼ぶものもあるのか?」




「ああ。闇の召喚術と便宜上呼ばれている。魔物はもちろんのこと、実力者ならば魔界の民も呼び出せる。従えることができるかまでは知らないが」




「闇の召喚術……」




「魔界の民だと?」




 クロードは初めて聞く内容に目を丸くし、マヌエルは嫌悪で顔をゆがめる。


 魔界とは天界から追放された邪悪な存在や悪党が死後たどりつくと言われる場所で、善なる者にとって忌むべきところだ。


 そのような存在を呼び出す手段があるとは聞き捨てならないと考えても仕方ないだろう。




「ヴィルへミーナ、もう少し詳しく聞いてもいいか?」




「詳しくとは?」




 皇帝の問いにミーナは質問で返す。


 無礼極まりない態度でも皇帝は怒らず、辛抱強く質問する。




「召喚に必要なものとか、どういう存在を呼べるのかとか、何でもいい」




「基本的には精霊召喚と同じはずだ。優れた術者は触媒なしに大量に、あるいは強力な存在を召喚できる。今回の騒動が闇の召喚術で引き起こされたと仮定した場合、そこそこの実力者が数名いたか、とびきりの実力者がひとりいるかだな」




 ミーナが回答すると皇帝の表情をくもった。




「とびきりの実力者が複数いる可能性は?」




「否定できないが、今回の事態には関わっていないだろう。もしもいたのであればオーガの群れ数千呼ぶより、もっと強い存在……デーモンやドラゴンを一体呼ぶほうが遥かによかったはずだ」




 と彼女が言ったところで、次にマヌエルが聞く。




「転移魔術を使ったわけじゃないと言える根拠は?」




「貴様は知らないのだろうが、転移魔術で万の雑魚を移動させるのと、召喚術で各地に雑魚をばらまくのでは難易度が圧倒的に異なる。前者のほうが遥かに難しいのだ。それをできる術者がいれば、デーモン数体召喚してきたはずだ。そのほうが遥かに厄介だろう?」




 ミーナの言葉を彼は舌打ちしながら認める。




「確かにな。オーガ一万よりもデーモン一体の方がずっと手強い」




「さらに言うならば、私は転移魔術の残滓や兆候を知覚できるが、召喚術はできない」




 彼女のこの発言に肯定が首をかしげた。




「術の知覚する難しさも違うということか?」




「そうだ。召喚術だったら五十メートル以内でないと厳しいが、転移術だったら十キロはいける。私に気づかれず大規模な転移術を使うのは難しいと思ってくれていい」




 ミーナの言葉を笑う者はいない。


 彼女はあまり好かれてはいないが、その実力は誰もが認めている。




「実はそんな戦力はあったものの、あえてしなかった可能性はどうだろう?」




 ここでバルが口を開く。




「もちろんございます。ですが、キリがなく思考の迷宮に入って出てこれなくなるのではないかと存じます」




 彼に対しては急激にていねいな話し方になるミーナであった。


 マヌエルをはじめ何名か苦々しい表情で見ているが、声に出して異を唱える者はいない。




「そうだな。分からないことが多すぎる以上、考えても仕方ないか」




 バルはそう答えてから皇帝に問う。




「陛下、いかがいたしますか?」




「……国外にも間者を送ろう。他国でも似たようなことが起こっているかもしれぬ。あるいは他国こそが元凶かもしれぬ」




「それだけですか?」




 手厳しい言い方をしたのは当然ミーナだ。




「そなたらを常時国内の巡回に出すわけにもいかぬからな」




「しかし、オーガの群れやガーゴイルの群れと単独もしくは少人数で対抗できる存在は少ないでしょう。軍で言えば将軍か騎士団長クラス、宮廷魔術師の数名、民間で言えば一級冒険者たちくらいでは?」




 クロードがもっともな意見を出す。


 マヌエルが反対的な意見をぶつける。




「そうか? 確かにやばいが、敵にとって大きな損害を与えてやっただろ。それに敵は俺らが定期的に巡回するのかどうか、分かりようがないんだぜ。俺らの行動を把握しているのは俺らと陛下だけなんだから」




「マヌエルの言う通りだ」




 と皇帝は言った。




「そなたらのおかげで敵には“いつ八神輝レーヴァテインが出て来るか分からない”という印象を与えることができたと思う。今後慎重な行動になるだろう。合計二万ほどの魔物を、あっという間に失っても何でもないほどの戦力を保有しているならば、話は違うだろうが」




「もちろん、その可能性を否定しないほうがよいのでしょうが」




 クロードは応じるが歯切れはよくない。


 彼も非現実的だと思うのだ。


 結局しばらくは警戒を怠らず、様子見ということで落ち着く。




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