第5話 光の戦神
バルはぶらぶらと帝都の二等エリアを歩いている。
その間、鳥の姿をした魔物の大群が帝都に接近して、見張りの兵士たちがようやく発見した。
「カンカンカン、カン、カンカンカン」
鐘を素早く三回鳴らしたあとに一回、さらに続けて三回鳴らされる。
これは敵が急接近していることを帝都に知らせ、帝都防衛を任務とする帝都騎士団の出撃を要請するものだ。
「警報じゃないか。いったい何年ぶりだ?」
年長者は不安そうな顔をしながらも、規定通り素早く家に向かう。
「ねえ、お母さん、何これ?」
警報を初めて聞いた小さな子どもは、意味が分からず手を引いている母親に聞く。
「危ないかもしれないからおうちに帰ろうって言っているの」
「えー?」
子どもは不満そうだったが、母親の厳しい表情に何かを感じたらし「くワガママを言わなかった。
「おうちにいれば大丈夫よ。ここには騎士様がいらっしゃるし、八神輝レーヴァテインというすごいお方がいらっしゃるのだから」
母親の信頼のこもった声に、子どもはようやく少し落ち着く。
ただし、足早で家に帰るのは変わらなかった。
その間にも帝都騎士団は第一師団と第二師団はすでに所定の位置についている。
「敵はガーゴイルが約二〇〇〇です」
「ガーゴイルが二〇〇〇だと? 自然に集まることはありえんな。何者の攻撃か」
物見に対して第一師団の団長はつぶやく。
「ガーゴイル二〇〇〇程度、我らでも何とでもなるだろうが、問題は第二撃、第三撃だな」
彼らは最強国家の精鋭を自負しているし、ガーゴイルには遅れをとらないと確信している。
それでも損害は覚悟しなければならないうえに、疲労したところを新手に狙われると厄介だった。
「八神輝レーヴァテインの出撃を要請しますか?」
部下のひとりが険しい顔でたずねる。
彼らに「帝都を守るのは自分たちの仕事」というくだらないプライドはない。
大切なのは守ったという結果なのだと叩き込まれている。
「すでに陛下に使者を送った。そのうち駆けつけて下さるだろう」
第一師団の団長は即答した。
あいにくと彼らは八神輝レーヴァテインのうちひとりしか残っていないとは知らされていない。
彼らの動向は国家機密扱いだからだったが、現状を考えると好ましくはなかった。
「いいか、まずは城壁を突破されぬことが第一だ。そして第二は自分の命を大事にすること。何も敵を殲滅する必要はない。八神輝レーヴァテインの到着まで持ちこたえろ」
団長の言葉に騎士たちは勇ましく答える。
彼らの戦術の前提として八神輝レーヴァテインの存在があり、誰も疑問に思っていなかった。
ガーゴイルは石の皮膚を持った鳥型の魔物である。
空を飛ぶうえに並みの武器では傷ひとつつけられない難敵であった。
ただし、あくまでも一般的な基準であって、対空用の武器と攻撃を得意とする魔術師を大量に用意できるのであれば話は違う。
そしてここ帝都を守る騎士団は、その両方がそろっている。
帝国の正規騎士になれる条件のひとつが、攻撃魔術と治癒魔術の両方を使えることだからだ。
さらに白兵戦や、集団戦法も日常的に訓練されている。
ガーゴイル如きに遅れをとらないと言ったのは何も強がりではなく、それなりの根拠あってのことだった。
ガーゴイルたちは帝都の南と西に集結し、地上の人間どもを威嚇するような声をあげる。
その数が二〇〇〇ともなれば、戦う術を知らない民間人たちにとって不気味で恐ろしいものになった。
ガーゴイルたちが高度を下げて人間に襲いかかろうとした瞬間、彼らが占める空が突如として光る。
そして次の瞬間、ガーゴイルたちの姿は消滅していた。
空を見上げていた騎士たちの反応はふたつに分かれる。
「な、何だ、今?」
「いきなり光ったと思ったら」
何が起こったのか理解できなかった者、それから理解できた者だ。
「戦神様だ。光の戦神バルトロメウス様だ」
「一瞬で二〇〇〇ものガーゴイルを殲滅させる光を放てるなど、バルトロメウス様以外にはいない」
彼らは歓喜の表情でバルトロメウスを称える。
「今のがバルトロメウス様の……? 見えなかった」
初めて見た騎士たちは呆然としていて、団長に問いかけた。
「団長は見えたのですか?」
「いや、何も見えなかった……どこから攻撃したのかすら分からん……恐らく帝都のどこかだとは思うが……」
第一師団の団長の声には畏怖の響きが強い。
「神のごとき速さで敵を殲滅する、光の戦神。ほとんど者はまともな戦闘すら見られないという伝説は本当だったのか」
「様が足りないぞ、お前」
呆然としている騎士のひとりに先輩が注意をする。
八神輝レーヴァテインのバルトロメウスはさまざまな意味で有名であった。
「八神輝レーヴァテイン最強といううわさも本当のようだな」
「八神輝レーヴァテイン最強? 地上最強の間違いじゃないか?」
余裕が出てきた騎士たちは雑談をはじめる。
伝説の多くの者に再認識させた当の本人は、二等エリアで何食わぬ顔をして周囲を警戒する。
(追撃はなしか。帝都に残る戦力を軽く調べるのが目的だったのかな?)
とりあえず警戒は解かないでおこうと思う。
そこへおそるおそる外に出てきた知り合いが彼を咎める。
「おい、バル。ダメじゃないか、警報が鳴ったのに外にいるのは」
「ごめんごめん。逃げ遅れてしまってね」
帝都の危機を救ったばかりの英雄だとは思えない情けない態度をバルは見せた。
相手も目の前にいる男が、実は八神輝レーヴァテインだと思わず、呆れた顔をする。
「まったく、相変わらずどんくさいな、バルは」
「ははは、面目ない」
隣人に呆れられて彼は笑ってごまかす。
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