第3話 八神輝会議

 魔術の達人ミーナは転移魔術も気軽に使いこなす。


 おかげでバルも一瞬で二等エリアから帝城まで、近隣の住民に気づかれることなく移動した。


 彼が移動したには大きな円卓があり、上等そうな黒い椅子が九つある。


 そのうち六つがすでに埋まっていた。




「私は最後のほうだったか。みんな早いな」




 バルが言うと、影のひとつが答える。




「二等エリアなんぞに住んでいる上に転移魔術を使えないのはお前くらいだからな」




 その影は銀色の髪を持ち、銀色のひげをたくわえた四十台の男だ。




「相変わらずの庶民ごっこか?」




 馬鹿にはしていないものの、不思議そうな態度は隠そうとしていない発言をしたのは三十歳くらいの短い紫髪の男である。




「我々が守るべき民に触れ合い続ける、実にすばらしき姿勢だろう?」




 と言ったのはミーナだった。


 バルに接していた時とは違い、高慢で冷徹な声色である。




「同感だな」




 彼女の言葉に賛成する声は部屋の入り口から聞こえた。


 五十代の赤い髪を持った男性であり、彼はこの国の最高権力を持っている。




「これは皇帝陛下」




 席に座っていた六名は立ち上がってうやうやしく頭を下げた。


 バルもそのまま礼をする。


 ミーナは小さくうなずくという簡単な礼をしただけだったが、誰も咎める者はいない。




「我が帝国が誇る八神輝レーヴァテインよ、よく集まってくれた」




 皇帝は最後に椅子につくとゆっくりと話す。




「今日の話題は最近、国境で活発になっている魔物どもについてだ」




「……この集まりで出るほどひどいということなのですか?」




 銀色の髪とひげを持つ四十台の男が聞いた。


 皇帝はゆっくりと首を横に振る。




「いや、そうではない。だが、将来的にそうなる可能性もあるかもしれぬ」




 この発言を聞いた八神輝レーヴァテインたちは、ミーナ以外肩をぴくりと動かす。




「事態を甘く見ていたがゆえに、被害が大きくなったという愚は避けたい。だから今のうちにそなたらに動いてもらいたい。分かるな、クロード」




「いきなり最大戦力の投入というわけですか」




 銀髪の男、クロードは納得した。


 彼ら八神輝は帝国の最大戦力であり、帝国が大陸最強国家と言われている大きな理由のひとつである。




「大山鳴動して鼠一匹にならなければいいのですが」




 皮肉めいたことを言ったのはミーナだった。




「もちろん、余としてはそのほうがよい。笑い話ですむほうがな」




 彼女に対して怒りを見せたクロードを手で制し、皇帝は落ち着いて答える。




「我々なら、他の奴らが見逃すことでも気づけるでしょうしね」




 三十代の男がそう言う。


 場の空気が賛成に傾きかけた時、皇帝がバルにたずねた。




「バルトロメウスよ、そなたはどう思うか?」




「賛成です、陛下。災いの芽はできるだけ早く摘むべきだと考えます」




 彼が賛成したことで、皇帝は少しだけ安心する。




「ヴィルへミーナもよいか?」




「ええ」




 ミーナは短く答えた。


 なぜ皇帝はバルに先に問いかけたのか、彼女を含めてこの場の全員が承知している。




「しかし陛下、全員で動くのですか? 帝都がからになるのはまずいと思いますが」




 という問い合わせに皇帝は渋面になった。




「たしかに一連の事件が陽動であり、本命は手薄になった帝都という可能性も否定できないな」




「では帝都には私が残りましょうか?」




 バルはそう申し出ると、皇帝はたちまち安心する。




「そうだな。バルトロメウスさえ残ってくれるなら、他の者を安心して外に出せるな」




「楽するなよ、バルトロメウス」




 八神輝のひとりが呆れたように言ったが、ミーナが反論した。




「バルトロメウス様のお力で他七名を調査に割くことができる。とても素晴らしい案だと思います」




「そうだな」




 皇帝がすぐに賛成したため、不穏な空気が生まれずにすむ。




「できれば転移魔術の使い手を借りたいのですが。念のために」




 バルの申し出に肯定はうなずく。




「分かっておる。そなたの素顔を知る者をつけよう」




「いい加減に転移魔術のひとつくらい覚えろよ、お前。大して難しいものじゃないだろ」




 誰かが呆れた声を出して、ミーナにじろりとにらまれる。




「誰にでも得手不得手はあるものだ」




 皇帝は疲れたように言って場をおさめた。




「誰がどこに行くのか、決めておきたい」




 さらに皇帝は言う。




「……以上でどうだろうか?」




 反対の声はなかったため、決定となる。




「できるだけ多くの情報を持って帰ってもらいたい。どんな小さなことでもかまわない」




「敵の正体すら分かっていませんからな」




 クロードは同意を示したのだが、皇帝は訂正した。




「敵がいるのか、ただの自然現象的なものなのかすら分かっておらぬのだ。後者であればよいのだが」




「我が国は大陸最強。弱体化を望む者はいくらでもいるだろうさ」




 紫髪の男がいまいましそうに吐き捨てる。




「そうだな。マヌエルの言う通りだろう」




 クロードはおだやかに同意し、皇帝もうなずく。




「そのつもりでいてくれ」




 という言葉がしめくくりとなって、集まりは解散となった。


 バルはいつものようにミーナに転移魔術で自宅に送ってもらう。




「情報よろしく頼むな」




「はい、努力いたします」




 彼の問いにミーナは力強く答えた。

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