第2話 訪問者ミーナ

バルは自宅の木のドアを閉めてカギをかけると、ため息をつきながら言った。




「家の中で気配を殺して待っているのは止めてくれないかな、ミーナ?」




 彼の言葉を聞くと何もない空間に突如として人型の影が浮かび、それから若い女性の姿になる。


 ミーナと呼ばれた女性は黄金の髪にエメラルドのような瞳と長い耳を持った、エルフという種族だ。


 飛びぬけた美貌は紺色のジャケットとパンツという色気のないはずの服装も魅力的に見せる効力がある。 




「そのほうがあなたの為だと思いまして、バルトロメウス様」




「その呼び方は止めてくれ、ヴィルへミーナ」




 礼儀正しい声をかけてきた彼女だったが、バルは困った顔で注意した。


 バルトロメウスというのは彼の本名ではあるものの、あまり好きではない。


 お返しにとばかりに彼女の本名を出すと、彼女は頭を下げた。




「失礼いたしました」




 バルは分かればいいと考え、話を変える。




「今日は何をしに来たんだい? まさか私の顔を見に来ただけではないだろう?」




「いえ、そのまさかです」




 ミーナが大真面目に即答したため、彼は絶句してしまった。


 彼女は用もないのにやってこないエルフだと思っていたのだが、彼の勝手なイメージだったのだろうか。




「それにあなたは調理が苦手ですから手料理のひとつでもと思ったのですが、遅かったようですね」




 彼女のエメラルドの瞳はバルが抱えている紙袋をとらえている。




「ああ。なかなか美味いんだよ、これ」




「その気になれば皇族並みの暮らしをできるお方が、ずいぶんと慎ましいことです」




 ミーナの口調に侮蔑の色はない。


 これがバルとの仲が良好な理由のひとつだ。




「よかったらミーナも食べるか?」




「いただきましょう。私にも持参したものがあるのでちょうどいいはずです」




 ミーナがパンツのポケットから取り出した白い袋には、新鮮な野菜と果物が入っている。


 どう見てもパンツのポケットに入る量ではないのだが、バルは疑問に思わない。


 魔術のひとつに質量を変化させるものがあり、ミーナは魔術の名手だからだ。




「羊肉と玉ねぎの串焼き、ジャガイモを揚げたものにミーナが持ってきた野菜と果物か。なかなか豪華だな」




「もう少し食べるもののバランスをお気をつけになったほうがいいですよ」




 満足そうなバルに対してミーナは一言注意をする。


 バルは少し困った顔をした。




「このあたり、野菜や果物を扱っている店ってあまりないんだよなあ」




「一等エリアにはあるではないですか? 引っ越しをなさっては?」




 ミーナは事もなげに回答する。


 彼女はバルの本当の経済力を知っているからこそ言えたのだが、彼は首を横に振った。




「ここでの暮らしのほうが好きなんだ。できれば引っ越ししたくないなあ」




「……一等エリアでもあなたのお好きな、庶民らしい暮らしはできると思うのですが……」




 ミーナは理解不能とつぶやいたものの、それ以上は勧めて来ない。


 むやみに踏み込んではこないところが、バルにとっても心地よかった。


 食事がすむとミーナが薬草茶を淹れてくれる。




「ハーブの香りがいいな。慣れるまで独特だが」




「お気に召したのであれば何よりです」




 ゆったりとした時間を過ごした後、バルは目の前のエルフにたずねた。




「まさか本当に私の顔を見に来ただけではないだろう?」




「ええ。お忘れのようですが、明日は定例会議ですよ」




 ミーナの言葉に彼はハッとなる。




「しまった」




 思わずうめいた彼を見て彼女はクスリと笑う。




「分かった、行くよ」




「明日の朝、もう一度うかがいますね」




「ああ、ありがとう」




 バルは礼を言った。


 人目につかないという点を重視するのであれば、ミーナの力を借りるのが無難である。




「私では誰にも違和感を持たれずに移動するのは難しいからな」




「向き不向きの問題ですね。戦いならあなたがナンバーワンですし」




 残念そうに言う彼に対して、ミーナは淡々となぐさめの言葉をかけた。

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