第70話 肝試し
近所の子達と午後八時に待ち合わせ。
あまり気乗りしないので、集合場所へゆっくり向かうと五分ほど遅刻した。
まあ、お父さんが心配して送るっていうから、それを断るのに時間がかかったっていうのもあるけど。
「もう、月菜ちゃん遅い」
公民館前の自動販売機の明かりに集まった三人と私。
几帳面で時間にもうるさい加奈に、「ごめん」とだけ言っておく。
「お、珍しい、月菜が謝った」
気乗りしない理由の一つは、男子も参加してるからだ。
「馴れ馴れしく名前で呼ばないで」
「じゃあ苗字で呼べばいいのか? 城塚? 多摩? 滝原?」
ああもう、男子ってウザい。
特にこの
私は、っていうか私の家族の子供達は、みんなお父さんの戸籍に入っている。
親の事情が特殊なのは小さい頃から判っていたし、戸籍とか難しいことはともかく、私は自分の家庭が大好きだ。
ただ、何かと
「できれば今後一切、呼ばないでくれるとありがたいわ」
澄ました口調でそう言うと、翔は何故か目を伏せて、ちょっと唇を噛む仕草を見せた。
言われたことが悔しいのか、言ったことを後悔したのか知らないけど、だったら最初っから言うな。
「で、どこ行くの」
「いろは先生がまだなんだけど……」
そう言えば見当たらない。
もう六年生なんだから私達だけでいいのに、加奈はこういった面でも几帳面だ。
親同伴は嫌でも、ちゃんと責任者を用意する。
まあ小学校の先生じゃないだけマシだけど。
せっかく夏休みの夜遊びなのに、小学校の先生なんかと一緒じゃ
それにしても、私はともかく、加奈がまだいろはちゃんと交流を持っているのは驚いた。
加奈らしい気もするけど、あの乳魔人の人徳でもあるのかな。
私は産まれた時から花凛ちゃんやいろはちゃんと接してきたから、ごく普通の当たり前の人達に思ってきた。
けれど、六年生になるまで見てきた世間というものは、案外とつまらない大人が多いのだと気付かされた。
花凛ちゃんもいろはちゃんも普通じゃなくて、かなり変で、かなり素敵な人達だと知った。
「遅れてゴメンっす!」
軽自動車を駐車する前に、窓から顔を出して謝る可愛らしいオバサン。
ていうか、話し方に地が出てるけどいいの?
「みんな久し振りっす!」
いろはちゃんは車から降りるや否や、四人まとめて抱き締めようとするから慌てて飛び退く。
男子と一緒に抱き締められてたまるか。
ていうか、アンタとは一昨日に会ったばかりだし。
その巨乳も親の
しかもついでに言えば、翔は違う幼稚園だったのに、どさくさに紛れていろはちゃんの巨乳に顔を埋めてるし、ホント男子って最低!
って、あれ? 四人いたはずだけど、もう一人って?
「あ、
幼稚園から一緒だけど、影の薄い同級生。
「う、うん、ごめんね、月菜ちゃん」
いろはちゃんの
正直、そのオドオドした態度にイラっとしないわけじゃないけど、根はいいヤツだと知っている。
飼育係のときなんか、いい顔してると思うし。
「ま、夜道で何かあったら、全力で私を守りなさい」
「う、うん。頑張るよ」
「もう月菜ちゃん、そういう女王様発言はダメでしょ!」
「はいはい。加奈は翔に守ってもらってね」
「ちょっと、もう……」
加奈が私の腕を小突く。
え、なに? まさかの翔狙い? まあ別にいいけど。
「じゃあみんな、そろそろ行くっすよ」
「行くってどこに?」
「お墓って聞いてるけど?」
「お墓? 何をしに?」
「肝試しって聞いてるけど?」
くだらない。
ここからだと、ウチのお墓のある墓地に行くのだろう。
幽霊なんているわけないし、いたところで、あの墓地じゃ恐くない。
みんなで花火とかしよう、って聞かされたのに加奈に騙された思いだ。
いろはちゃんが懐中電灯を持って先頭を歩き、やる気の無い私はいちばん後ろを歩く。
守りなさいと言ったからか、正樹が何度も振り返りながら私の前を歩いている。
やや不安そうな顔に見えるのは、怖いからか、それとも私を心配しているからか。
月明かりはあるけれど、道路脇の林の中はささやかな光さえ届かず、そこに黒い壁があるみたいに息苦しい。
でも、やっぱり怖くはない。
加奈が翔の腕を握って内股で歩く様子が、
だんだん歩くペースが遅くなってきた。
上り坂だから? と思ったけど、先頭のいろはちゃんがへっぴり腰だからだった。
「あ、あたし、都会育ちっす」
その防御力の高そうな胸は飾りか、乳魔人め。
私はペースを上げて、みんなを追い抜かして先頭に出る。
闇の中に、月明かりにボーッと照らされた
目が慣れれば、懐中電灯が無くても道は見える。
「つ、月菜ちゃん、ダメっすよ!」
何がダメだと言うのだ。
闇夜に浮かび上がる道は、寧ろ幻想的で楽しくさえある。
そして、早足で
こういうの、ムーンリットブルーって言うんだっけ?
青に銀を混ぜたみたいな光が、お墓に降り注いでいた。
墓地の中央にある桜の老木も、青の濃淡を身に
いつか、春の夜に来よう。
満開の花びらが月明かりに照らされる姿に、会いに来よう。
そう思わせるほど、心惹かれる光景だった。
私は、無意識にうちのお墓の前まで来ていた。
怖くないのは、ここに、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお墓があるから?
写真でしか見たことが無いけど、優しそうな笑顔の人達だった。
お父さんに似てて、今のお父さんよりも若い。
お父さんにとって、理想の夫婦がお祖父ちゃん達で、お祖父ちゃん達にとって、理想の家庭がお父さん達なんだろうな。
私は、お祖父ちゃん達にとって、理想の孫だろうか?
そんなわけないよね。
つい苦笑が漏れたとき、桜の木の根元辺りで、影が動いたように見えた。
墓地の入り口では、表情は見えないけれど、いろはちゃん達が入るべきか迷うように固まっていて、全員分の影が揃っている。
ということは、幽霊?
あるいはオバケかも?
まあどっちであろうと、正体をこの目で確かめるのみ。
幽霊だったら、お祖父ちゃん達かも知れないし、悪霊やオバケだったら、お祖父ちゃん達が助けてくれるよね。
会ってみたいと思ってたから、どっちに転んでも問題無し。
私は迷うことなく、ずんずんと桜の木の根元に向かう。
暗い陰と、夏の匂いの籠ったような、濃密な空気。
そこに息をひそめる何か。
さあ、逃がさないからね。
私は怯えて縮こまっているように見えるそいつに、一気に詰め寄り──
「……何やってるの?」
木の根元で、私を見上げる間抜け面。
「よ、よう」
「よう、じゃないでしょ! バカなの!?」
「いや、でも、心配で……」
「もう、甘やかすのも甘えるのも家だけにしてって言ってるじゃん!」
「す、すまん」
ったく……。
でも、思わず笑みが溢れた。
見ましたか? お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。
あなた達の息子と孫は、ちょっとおバカですが、こんな風に仲睦まじくやってますよ。
「お父さん」
「な、なんだ?」
「帰ろ」
私はその腕を掴んだ。
「いや、いろは達に見られるのは恥ずかしいし」
「つべこべ言わない」
やっぱり、まだもう
同級生の男子は、まだウザいしちょっと頼りない。
お祖母ちゃんお祖母ちゃん、私達をよろしく。
いずれ私もきっとあなた達と一緒に、その理想を紡ぐ糸になるのだ。
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