第67話 保育士の苦悩

あたしは保育士だ。

それなりに経験を積んで、この春もまた、新たに子供達を迎え入れた。

元々、子供は好きだったし、伸び伸びと育つ元気な田舎の子供と接するのは楽しい。

勿論、特定の子に肩入れしたり、贔屓ひいきをしたり好意を寄せたり、なんてことはあってはならない。

そりゃあ人間だから、どんな子にも全く同じ扱いなんて無理だし、そもそも相手も様々なので、その子に応じた接し方というものがある。

それは判っているし、決して贔屓にならないように対応してきたつもりだ。

だが最近、その心構えももろく崩れてしまいそうな不安におちいっている。

そう、あの子が入園してきたからだ。

「いろはちゃん、おはよー」

今日も来た!

長い睫毛まつげと黒目勝ちな瞳、気品すら感じられる形のよい鼻梁びりょう

既に将来を約束されたような美少年だ。

いや、まだ幼い彼は、美少女でも通用する中性的な美しさを身にまとっている。

「んじゃいろは、頼んだぞ」

孝介サンはあたしを信頼しきった目で、優しく微笑をたたえて子供を託す。

「了解っす」

「おとーさんバイバーイ」

軽トラに乗り込む孝介サンは、息子とあたしに手を振って農作業に向かうが、最後まで笑みを絶やさない。

さて、孝介パパを見送ったあたしは、しゃがんで孝光たかみつくんと向き合う。

なぁに? という無邪気な笑みが返ってくる。

ぐはっ! かぁわいぃー!

正直お持ち帰りしたいっす!

孝介の「孝」と、美月の「みつ」を取って孝光。

この美少年っぷりは多摩さんの血を強く引き継いでいるけれど、優しい口元と眉毛は孝介サン似だ。

つまり、超絶美少年なのに優しげで親しみの持てる顔立ち。

二人のいいとこ取りである。

はぁん、抱き締めて頬擦ほおずりりしたくなるっす!

ハンパ無いっす! ショタに目覚めそうっす!

だが、ここで心のおもむくままに行動するわけにはいかない。

だいたい、この年頃の男の子は、女子の容姿に対する審美眼が出来上がっていないが、女子の方はそれなりに目敏めざといというか、ちゃんと男子の美醜びしゅうを見分けるのだ。

実際、孝光くんの周りには、いつも数人の女の子が寄ってくる。

しかもどこかびたような口調と仕草で。

恐ろしい。

小学校に上がる前の女の子が、本能的に男を落としにかかっているのだ。

こんな女子の前であたしが孝光くんを可愛がれば、どんな嫉妬や恨みを買うか判ったもんじゃない。


ちょっと前には美矢の子供も預かっていた。

孝矢たかやくんは今、小学校三年生。

この子もヤバかった。

美少年じゃないけど、美矢と孝介サンの優しさを掛け合わせたニッコニコの少年で、その笑顔に女子がキュンキュンすること間違いなしという逸材いつざいだった。

しかも天然の甘え上手で、気が付けばあたしの胸に顔をうずめて眠っていたりした。

将来、あの笑顔に泣かされる女子が量産されるのではないかと心配になる。

その二つ下には多摩さんの産んだ月菜つきなちゃんがいて、この子の見た目は、まんまロリタマだった。

ゴスロリファッションが超絶似合って、ツンと澄まして男子を見下す姿はこれまた将来が恐ろしい。

でも、孝介サンにはめっちゃ甘えるお父さん子だ。

何故かあたしのことを敵視しているフシがあって、「お胸が大きいと頭に栄養がいかないんでしょ」なんて言われたことがあった。

思うに、あれは多摩さんが良からぬことを吹き込んでるんじゃないかなぁ。

孝介サンちには、あと一人、美矢が産んだ花矢かやという二歳の女の子がいて、合計四人の子供がいる状態だ。

まあ孝介家には頻繁に出入りしてるし、幼稚園に関係なく慣れ親しんだ子供達ではあるけれど、それでも孝光くんを見ると、ほわーんとしてしまう。

「いろはちゃん」

見上げるつぶらな瞳、口元の微笑、まるで天使のようだ。

「ここではいろは先生でしょ?」

語尾に「っす」を付けるのは、保護者から苦情が来そうなので、幼稚園では封印している。

それにしても、みんな「いろは先生」と呼ぶのに、孝光くんは「いろはちゃん」と呼ぶものだからニヤけてしまう。

幼稚園の外じゃ、あたしも「孝光」なんて呼び捨てにしてるし、まるで教師と生徒の禁断の恋っす!

いや、あたしは決してショタコンじゃないっすけど。

「おい、いろは」

いきなり呼び捨てで間に入ってきたのは、いかにも悪ガキといった感じのアツシくん。

コイツはあたしの天敵っす。

いや、孝光くんをいじめるクソガキっす!

あの悪意なんて存在しないような家で育つ孝光くんにとって、このクソガキは衝撃的な異物。

逆に、このクソガキにとっては、孝光くんのような純真無垢な存在は、目障りな異物なのだろう。

何かにつけて攻撃し、孝光くんを否定する。

何度、孝光くんのその長い睫毛に溜まった涙を見たことか。

「たかみつ、お前いろはに甘えてるだろ? お前、お母さん二人いるって聞いたぞ? だから女みたいな顔してんだろ?」

このクソガキ、ここが幼稚園じゃなければ、お前を八つ裂きにしてやりたいところっす!

しかも悪ガキのくせに頭が良くて口が立つ。

しかも悪ガキというのは、何故か一部の女子にモテる。

「ごめんなさい」

孝光くんは直ぐに謝る。

それは、いいことでもあり、悪いことでもある。

あの家庭の教育方針を否定するつもりは無いけれど、あの場所につどう人は善人ばかりだから、もう少し世の中の厳しさを教えた方がいいとも思う。

謝ってそれを受け入れる人もいれば、増長するやからもいるのだ。

いや、ロリタマ月菜は簡単には謝らないから、直ぐに謝るのは孝光くんの性質かも知れないけど。

「孝光くんは悪くないよー」

あたしは自分の豊かな胸に、孝光くんをうずめるように抱き締める。

これは贔屓ではない。

贔屓ではないが、アツシくんに対する当て付けみたいなものでもある。

アツシくんのお母さんは巨乳で、この悪ガキはお母さんには滅法めっぽう弱い。

まだまだ甘えん坊で、大きな胸に抱かれるのが羨ましくて仕方ないのだ。

それに、悪ガキと言ってもまだ救いがある。

あたしに抱き締められた孝光くんに嫉妬せず、オネダリするようにあたしを見るのだ。

何だかんだ言っても、少しは可愛いげがあるのである。

「ほら、アツシくんもおいで」

豊かな胸は、小さな子供の二人くらい余裕で包み込める。

「でも、孝光くんに謝ってからね」

アツシくんは、頬を膨らませて目を伏せてから、ちょっと照れたように言った。

「ごめんなさい」

やっぱり子供は可愛いっす!

あたしは二人をギュッと抱き締める。

幸せだなぁ。

アレ? 女の子達が睨んでいるように見えるのは気のせい……っすよね?

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