第50話 誕生会
今日は、この夏一番暑い日だった。
日差しに負けない強さで鳴いていたセミも静かになったが、日が暮れても熱気が籠っているようで蒸し暑い。
そう言えば、俺が生まれた日も、その年でいちばん暑い日だったと聞いたことがある。
「孝介さん」
美月が俺の隣に正座した。
「お誕生日、おめでとうございます」
まるで遠い親戚に年始の挨拶をするかのような堅苦しさだ。
「いや、誕生日くらいでそんなに改まるなよ」
頭を下げていた美月は顔を上げ、正座を崩して足を伸ばした。
「孝、たんおめ」
「極端すぎるわっ!」
食卓には大量に並べられた料理と酒が少々。
そして、それを囲む四人。
「さて、本日はウチの愚夫の生誕祭にお集まり頂き──」
「愚夫って何だ!? ていうか生誕祭は死者に使う言葉だろーが!」
「あ!」
ったく、縁起でもない。
だが、わざとではなかったようで美月はショボンとする。
「生誕祭はともかく、愚夫はいいんじゃない?」
お集まり頂いた唯一の客が言い放つ。
数日前に、『もうすぐ孝介の誕生日よね』と連絡してきたものだから、招待せざるを得なかった訳だが。
「こんな暑い時期に生まれるのも困ったものよねぇ」
「親に言え親に」
「あ……」
最近、美月の影響を受けて毒舌になっている花凛だが、失言だと思ったようでショボンとする。
いや、責めるつもりは無かったのだが。
「花凛ちゃんの毒舌にも困ったものです」
美月、お前が言うな。
「ではここで、いろはちゃんからのお祝いのメッセージを披露したいと思いまーす」
いろはも律儀なヤツだ。
メッセージだけとはいえ、受験勉強が大変な中、届けてくれるその気持ちが嬉しい。
「晴れの日も雨の日も」
ん、誕生祝いと言うより、三人への祝福かな。
「この暑い日の
そっちかよ!
「そんな日々を過ごすあたしを尻目に、たかが誕生日を盛大に祝っている人がいるかと思うと、もう悔しくて勉強が手につきません」
いや、申し訳ないとは思うが、自業自得じゃね? とも思う。
「孝介サン、
誰が主賓だよ。
まあ、いろはが合格したら、盛大に祝ってやろうと思うけれど……。
「以上」
「……え? 終わり?」
お祝いのメッセージだよな?
そんな文言あったか?
「追伸、誕生日おめでとうございます」
「追伸かよ! ついでかよ!
「私がいろはさんに、ね、今どんな気持ち? どんな気持ち? というメッセージを画像付きで返しておきましょう」
「いや、やめて差し上げろ」
さすがに先日も楽しげな画像を送られたばかりだというのに、それではあまりに
「ところで」
「なんだ、委員長」
「いろはって誰?」
……何故か身体がビクッと反応してしまう。
委員長が委員長の顔をしている。
「いろはさんというのは、私達の同級生のギャル系ビッチ──」
「あ?」
委員長の
「と見せかけて、純情乙女です」
「なんですって!」
純情乙女の方が怒りが大きいのは何故だろう?
「孝介」
「はい」
「あなた、昔は奥手で、女子とそんなに親しくなかったわよね?」
「あ、ああ」
今も積極
「それがどうして、可愛い系や美人系やギャル系と親しくなってるのよ」
「まとめてロリ系なのです」
「十九歳はロリでは無い!」
「仲良くなったのは十七歳ですが」
「……」
「で、どうなの、孝介。あなたはロリコンなの? それとも何でもアリの節操なし?」
「いや、そもそも俺は、知的で清楚な感じの女性がタイプで……」
委員長が頬を赤らめた。
美月が恥じらうように
美矢が照れ臭そうにニッコニコだ。
あれ? なんでだ?
「ま、まあ、料理も冷めるし、そろそろいただこうか」
「そ、そうね」
「では、こーすけ君の誕生日を祝って、乾杯!」
「かんぱーい!」
こんな風に祝ってもらえるなら、年を取るのも悪くないと思えた。
プレゼントはいらないと、事前に伝えてある。
俺が渡した小遣いから何か買うというのも、二人としては悩ましいところだろうし、言葉だけで充分だ。
この料理だって、毎月の家計からの出費ではなく、自分達が溜めた小遣いを出し合ったに違いない。
「本当はプレゼントとして、孝介さんにはマグロになってもらおうと思ったのですが」
「マグロ?」
「ええ、ただ寝そべってもらってですね、私達二人が徹底的に奉仕するという」
……それって、さんぴー?
「アンタ達、孝介を甘やかしすぎよ」
舟を漕いでいた飲んだくれ委員長が、くわっと目を見開く。
「はい、あーん、とか言って飲み食いも全部してあげるつもり? 寝転がっている亭主に何もかもしてあげるなんて馬鹿じゃないの?」
委員長、多分それ違う。
「飲み食いするのは私達の方なのですが」
こら、美月!
「白子とか」
美矢ァァァ!
「……白子なんて、無いじゃない」
委員長は食卓を見回す。
「我が家には白子製造機がありま──痛っ!」
「いい加減にしろ!」
ウチの嫁は酔っ払いよりタチが悪い。
委員長は何となく
自分だけ理解してないことが気に入らないようだ。
「孝介」
「はい」
「私だって何も無い訳じゃないのよ?」
「は?」
「ほら」
鞄から出してきた小さな箱。
少し色褪せて、少し歪んでいる。
「捨てようと思ったけど……」
たぶん、十三年前のプレゼント。
渡せないまま、捨てられないまま、机の引き出しの奥にでも眠っていたのだろうか。
「これで、一緒に受験勉強を頑張ろうって……お揃いの……」
シャーペンだった。
「ありがとう」
「孝介」
「うん?」
委員長は潤んだ瞳で、俺をじっと見つめてきた。
唇は何か言いたげに動く。
いや、嫁もいるし、こんなところで何を──
「たんおめ」
「紛らわしいわっ!」
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