第49話 撮影会
昼食に
古い扇風機の場所を調整し、ボール紙に白い紙を貼り付けただけのレフ板を用意する。
光の向きを見ながら三脚を立てる位置を決めていると、
「む」
美月が顔を
俺が本格的に撮影しようとしているのが気に入らないらしい。
「さあ食え」
美月は不満げに素麺を見た。
美矢は楽しげに食べ出す。
「ほら、笑え」
返ってくるのは冷笑だ。
美矢は笑えと言うまでもなく、既にニッコニコなのだが。
「フォトショで笑顔に加工しましょう」
「持ってねーよ」
というか、そんなことをすれば、作り笑顔という言葉が本当の意味で作り笑顔になってしまう。
縁側に座る浴衣姿の二人。
古い扇風機と風鈴と素麺。
もう完璧に夏の風物詩的な一コマを撮ろうとしている訳だが、基本的に美月は無表情なので上手くいかない。
「制服姿の方がノリノリになれるのですが」
それはそれで撮りたい気もするが、ご両親に送る写真だしなぁ。
「ポーズに
美矢のアドバイスに従うか。
「じゃあ自然に食べててくれ」
三脚もやめて、手持ちで撮ることにする。
美月からやや離れて、カメラを意識させないようにしよう。
が──
「胸元をはだけるな!」
「浴衣でM字開脚とかふざけんなっ!」
「どっからゴーヤ持ってきたんだよ!」
「百合シーンはいいから!」
……ダメだ、ご両親に見せられる写真が撮れる気がしない。
「孝介さん、お疲れのようですが」
「お前が疲れさせてんだよ!」
笑顔ではなく、小悪魔的な笑みを浮かべて俺をいたぶる。
「もう場所を変えよう」
このままでは
それに家だけでなく、近所の風景も見てもらった方がいいだろう。
俺は二人を普段着に着替えさせ、近所の散歩に連れていくことにした。
「ところで、いろははまだ来ないのか?」
夏にまた来ると言っていたのに、一向に連絡が無い。
「乳魔神は模試の結果が最悪だったので、夏休みどころではないのです」
……まあ、春に見たあの様子じゃなぁ。
「今日の写真も送ってあげるから、楽しそうにすれば効果抜群だよ」
美矢が残酷なことを言う。
「くふふ」
確かに、美月は楽しそうにするし、それを見たいろはは悔しくて頑張るだろうし、一石二鳥ではあるのだが。
田圃を見ながら十分ほども歩くと、歴史資料館がある。
助成金か何かで建てられたもので、周囲の風景から浮いている小綺麗な建物だ。
俺が子供の頃に出来たものだが、訪れる人もなく、今は一般に開放されていない。
歴史資料館ではなく歴史資料倉庫と言っていい状態だ。
「花凛ちゃんに言ってやったのです」
「何を?」
「税金の無駄遣いの尻
可哀想に……。
「あ、それ、私も言ったことある」
我が家の姫達は、なかなかに
でもまあ、家計を預かる美矢は勿論のこと、美月も節約家だからなぁ。
「美月」
「はい」
「来月から小遣いアップな」
「何故!?」
二人ともバイトはしていないし、収入は無いから毎月お小遣いを渡している。
「大学生だし、服とか外食とか、色々と入り用だろ」
昼は弁当だし、寄り道せずに夕方には帰ってくるし、大学生として、もう少し学友と付き合うべきだ。
服だって、基本的には今までのものを着回しているし……。
「まさか、お金を貯めて出ていけと?」
なんでそうなる。
「貯めた分はお返しします」
不安げな顔をして言うものだから、やや強く頭を叩く。
「ちなみに、幾ら貯めたんだ?」
四月から毎月二万円渡しているが、五ヶ月で果たしてどれくらい貯めたのか。
「五万ほどです」
……通信料も小遣いから払っているから、実質、一ヶ月に数千円しか使わないのか。
まあ、飲み物だって、家で沸かしたお茶を持っていってるしなぁ。
俺は美月の頭を、今度はポンポンと軽く叩いた。
「貯めた分は好きなことに使え」
いいの? という顔で見上げてくる。
「五万八千円!」
美矢が胸を張って言う。
美矢の頭もポンポンと叩く。
我が家の姫は、お姫様なのに贅沢をしない。
苦笑しながらのんびり歩く。
姫様達は田舎暮らしにも慣れたので、少々の坂道にも音を上げない。
春に田植えした棚田まで歩く。
汗が
緑の斜面を、風が吹き抜ける。
棚田から見る風景は、空の青と、木々と稲の緑だ。
自分達が植えた稲があり、指輪探しをした場所でもあるので、何かしら特別な思いがあるのだろう、二人は笑顔になる。
俺はこっそり写真を撮った。
よく見れば、稲穂が顔を覗かせている。
まだ緑色で垂れてもいないから目立たないが、美月がそれを見て、目をキラキラさせた。
また写真を撮った。
「孝介さん」
「ん?」
「ここの稲は、指輪の成分を吸収しているに違いないのです」
炊けば、銀色に輝くご飯になるかも知れない、なんて思って笑う。
いや、自分達で植え、自分達で収穫したものなら、今までに食べたどんなご飯よりも、白く輝いて見えるだろう。
「いろはさんに食べさせれば、指輪を産むかもや知れませぬ」
「産むか!」
もしかしたら意外と根に持って──あ、俺、いろはが失くしたって言ってないのに。
美月がニヤニヤしている。
別に怒っているわけでは無いのだろう。
それも思い出で、それも味わいになる。
夕暮れ時に家に帰り、それから花火をした。
美矢も美月もはしゃいで、写真を撮るのも忘れて二人に見入る。
花のような二人が花火と
美矢が俺に花火を持たせ、美月は花火を振り回す。
サバっちが縁側から不思議そうにこちらを眺め、見上げれば満天の星。
今日も我が家は、笑顔で満ちている。
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