第46話 混沌

「夜も更けてきました」

「そうだな」

「三人で暮らしているとはいえ二人きりになる機会も少なくないのに、これから二晩も二人きりだと考えると勝手が違いますね」

「何を言ってるんだお前は」

「お風呂も入ったし戸締りもしたし、あとは寝るだけですがタイミングがなぁ、なんて考えてませんか?」

「いや、俺の心の声を読まないでくれ」

「コンドームはぶっ通しで二日間やりまくっても使い切れないだけの量は確保してありますが」

「マジかよ!?」

「さては使い切る気満々ですね?」

「そんな気はさらさらねーよ!」

「おお、ここでナマ宣言!」

「してねーよ!」

「血沸き肉躍るとはこのことですか?」

「誰がそんなに興奮してんだよ」

「……」

「股間を凝視するな!」

「愛を言い訳におのれ矮小わいしょうさをカムフラージュ」

「まだ臨戦態勢にもなってねーよ!」

「では、会場に向かいましょうか」

「何の会場だよ!」

「お、既に会場の準備は整っているようです。やる気満々ですね?」

「お前がさっき布団を敷いたんだろうが」

「さあ、いよいよ二回戦ですね」

「何の闘いだよ」

「随分と間が開いてしまいましたが、本日の作戦はいかがですか?」

「は? 作戦とかあるわけねーだろ」

「つまり愛の力で押し切るということですね」

「……」

「今ちょっとテレが出てしまいましたね」

あきれただけだっつーの」

「あ、相手は、ぜ、絶世の美女、美月選手ですが?」

「お前がテレながら言うんじゃねーよ!」

「一回戦ではボロ負けでしたが、今回の勝算は?」

「ふざけんなよ、負けてねーよ!」

「白い液を吐き出して、無惨にも醜態しゅうたいさらしてしまいましたが?」

「それを言ったら男は全部負けじゃねーか!」

「何かトレーニングを?」

「聞けよ! つーか早漏そうろうって言いたいのかよ!」

「おっと、ここでみゃー選手と電話が繋がったようですが」

「切れ」

「こんばんはー」

『こんばんはー』

「前回、辛勝だったみゃー選手、孝介選手に何か言いたいことはありますか」

『タマちゃんがゴチャゴチャ言っても押して押して押しまくること』

「なかなかいいアドバイスですね」

『タマちゃんは恥ずかしがり屋で甘えん坊で、でもこーすけ君のことが大す──』

「はい、みゃー選手でしたぁ」

「ひどいな、お前。電源まで切るとか」

「負けた相手にあそこまであおられてしまいましたが?」

「煽られてねーよ!」

「意気込みを聞かせてください」

「そもそも意気込んでねーし!」

「では最後に、対戦相手の美月選手に一言」

「やる気あんのかオメーは!」

「満々のようですが?」

「だったらちょっとはムードを考えろ!」

「ムードを考えなければヤれない時点で、愛とヤる気が足りないのではないでしょうか」

「同じヤるならムードがあった方がいいだろ!」

「では、ここでムードを高める一言をどうぞ」

「こんなムードで言えるか!」

「おっと、ムードが必要と言いながらムードを出せない宣言。不戦敗とみなしていいですか?」

「お前はヤりたくないのかよ!」

「ヤる気満々のようですが?」

「あーもう! 何なんだよお前は!」

「ヒートアップしてきましたね。もしかして我慢汁がにじんでいるのでは?」

「疲労が滲むわっ! お前だってこんな状況で濡れんだろ!」

「びしょびしょのようですが?」

「お前すげーよ! もう負けでいいよ!」

「では、勝った美月選手に一言」

「愛してる」

「へ?」

「愛してるから普通にしてくれ」

「……はい」

「極端過ぎないか? ほほを赤らめて上目遣いでモジモジとか、それはそれでやりにくいんだが」

「さ、さっきまで顔が青ざめて下目遣いでグイグイしてましたか?」

「そういう極端じゃねーよ! グイグイだけ合ってるよ!」

「演技が難しいのです」

「演技宣言するなよ! 男の夢が壊れるわっ!」

「え? ベッドの上の女性は、みんな演技ですが?」

「なんてこった!?」

「そろそろ第二形態に移行していただかないと」

「阻止してるのはお前だからな?」

「なんと、自分の不甲斐なさを女性のせいにするとは!」

「男はデリケートなんだよ!」

「デリケートなのは先っぽだけにしてください」

「やかましいわっ!」

「私は全身デリケートですが」

「寧ろバリケード張ってるように見えるが」

「今日は洋モノ風に行きますか?」

「いや、だから普通で」

「困りました。ランドセルは実家に置いてきてしまったのです」

「俺の普通が俺には理解できない……」

「安心してください。私が慰めてあげます」

「お前が混沌におとしいれてんだよ!」

「混沌と書いてカオス、中二ですか?」

「言ってねーし!」

「いい加減に精神童貞は卒業してください」

「微妙に傷付くわ、それ」

「……わぁ、おっきい」

「これでいいですか、みたいな顔して言うな!」

「そろそろ本気を出すとしますか」

「いいからここに来い」

「あっ」

「俺のやりたいようにやるから、お前は黙ってろ」

「身体の準備は出来てるのですが、心の準備が」

「まだだったのかよ!」

「あ」

「何だよ」

「心の準備が整いましたが、身体の方は既にイってしまいました」

「はえーよ!」

「……孝介さん」

「ん、やっと真面目になったか?」

「私がエスコート出来るのはここまでです。後はあなたの力で」

「ふざけんな!」


混沌とした夜が更けていく。

何だかんだ言いながら、空が白み始めるまで愛し合って、美月は俺に尽くしてくれた。

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