第43話 ─閑話─ 妻たちの相談会

ぐ?」

時計を見て私は言った。

「捥がない」

みゃーがたしなめるように言う。

冗談にしろ本気にしろ、そういうことを言っちゃダメ、と怒られた気分になる。

孝介さんが家を出てから一時間は経過していた。

あの様子だと直ぐに帰ってくるとは思えなかったが、かと言って、ゆったり構えて待つなんてことも出来なかった。

「でも、花凛ちゃんと浮気したらどうするの?」

「こーすけ君は浮気はしないよ」

くっ、自信満々のその正妻感はどこから来るのか。

「本気だったら有り得なくも無いけど……」

「なっ!? 本気だったら捥ぐ!?」

「だから捥がないって」

みゃーの落ち着きは何なのか。

絶対的に信頼してるのか、いや、でも本気だったら有り得るって言ったから、つまり、その場合は受け入れる?

そりゃ、花凛ちゃんのことは嫌いじゃないけど……。

「まさか、三人目の妻を容認する気?」

「それは、こーすけ君はしないと思うなぁ」

「みゃーが怖いから?」

「こらこら、まるでこーすけ君が恐妻家みたいなことを。ていうか、私が尻に敷いてるみたいに言うんじゃありません」

「でも、土下座させるよね?」

「させないって。それにしてほしくないし」

「私が土下座したらいい?」

「は? なんでタマちゃんが土下座するの?」

「だって、三人目は無くても二人目を入れ替えるかも知れないもん……」

「タマちゃん!」

みゃーが睨んでくる。

「こーすけ君がそんなことするわけないでしょ!」

私だってそう思うけど、花凛ちゃんは大人でデキる女って感じだし、私は子供っぽくてお荷物みたいになってるし……。

「焼け木杭ぼっくいに火がつくなんて言葉もあるし」

「そんなものは直ぐに消えるって」

ヤバい。

みゃーの安定感、まるで一家の大黒柱のようだ。

「何でそんなに自信あるの?」

「自信?」

「だって、誰よりも愛されてるって自信があるから、そんなにどっしり構えてられるんだよね?」

可愛らしい思案顔は、まだまだ高校生でも通用するくらい、あどけないものだけど。

「タマちゃんの方が愛されてるって思うこと、しょっちゅうあるけどなぁ」

「わ、私!?」

「え? 自覚無いの?」

「な、無いというか、可愛がってもらってはいるかなぁ、なんて……」

でもそれは、子供扱いみたいなもので……。

「あのね、タマちゃん」

「うん」

「こーすけ君が働いているのは、私達のためだよ?」

「……うん」

「愛されてる自信もそうだけど、信じなきゃどうするの」

「……」

「その指輪、タマちゃんが誕生日に貰ったものだけど、実はもう一つあるんだよ」

「え?」

もう一つ? 

みゃーがしてる指輪のことじゃなくて?

「言っちゃダメってことになってるけど、タマちゃんが指輪を失くしたとき、もし見つからなかったときのためにって同じものを買って、タマちゃんが申し訳なく思わないように、新品だと判らないように傷を付けて用意してたんだよ」

何、それ?

そんなの反則だ。

いや、そうじゃなくて、私はどれだけ迷惑かけてるんだ。

保険金の話から贅沢はしないなんて思ったりもしたのに、水槽を買ってもらっただけでなく、失くした指輪のスペアまで用意してもらってたとか、目も当てられない駄目っぷりだ。

「身体で払います」

「いや、極端に言うと、こーすけ君にとっては私の身体もタマちゃんの身体もゼロ円だよ?」

「か、価値は無いと?」

「そうじゃないけど夫婦だからね」

「……夫婦」

「逆に言えば、妻の身体は無限の価値があるほど大事ってこと」

浮気相手に子供を産ませた父を持つ私としては、夫婦という言葉を絶対的なものとして受け入れることは出来ない。

「それにね、こーすけ君のスマホの待ち受け画面、見たことある?」

首を振った。

孝介さんは私達といるとき、あまりスマホを触らないし、私も勝手に触るようなことは絶対にしない。

後ろめたいことややましいことが何も無いなら、見るのも見られるのも構わないと考える人もいるけれど、そもそも何も無いなら見る必要も無い。

それに、自分の趣味嗜好や友人とのプライベートなやり取りを見られるのは、後ろめたさや疚しさとは別の次元の話だ。

「ほら、あっちでこーすけ君が熱で仕事を休んだとき、私達が教室で撮った写真を送ったでしょ? 二人でハートマークを手で作ったやつ。機種を変えてもずーっとアレだよ」

「それは、高校時代の私達の方が良かったというロリコン的な願望の発露で──痛っ!」

みゃーめ、孝介さんばりの頭叩きを!

「素直に受け止めなさい」

でもだって……照れ臭いでしょうが。

それに、私の今の待ち受けはタナゴちゃんだし……。

「洗濯物の取り入れを頼んだときだって、私とタマちゃんの下着まで、きっちり仕分けておいてくれるんだから」

いや、それはちょっと別のステージに行ってるのでは?

というか孝介さん、やっぱりあなたはパンツを見分ける達人だったのですね。

「それから、タマちゃんが寝坊してるときも、絶対にタマちゃんの部屋に行って、美月、行ってくるよって言って頭を撫でてから出掛けるんだよ?」

「マジですか!?」

「マジですよ」

「ふふ……」

何あの人、さては私のことがめちゃめちゃ好きですね。

でも勘違いしないでもらいたいものです。

私の方がもっと好きに違いないのです。 

「だからまあ、心配は要らないよってことじゃなくて、こーすけ君がどんな判断を下しても、私達は変わらず愛されている、ってこと」

「……うい」

何か照れ臭くて、フランス語みたいなヘンな返事をしてしまう。

でも、みゃーの言う通りだ。

愛されているならそれでいい。

孝介さんが何か重要な判断をするとしても、それは私達への気持ちと、私達の気持ちを踏まえた上でのことに違いないのだ。

「ところでみゃー」

「なぁに」

「もう一つの指輪はどうなったの?」

「あひゃ!?」

……みゃーがムンクの叫びのような顔をした。

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