第26話 実況生中継

ふすまの向こうで、何やらコソコソやり取りする様子がうかがえる。

同級生とか、悪の手先、行かず後家ごけなんて言葉も聞こえてくる。

美月が美矢に説明しているようだが、どこまで脚色されているのか。

「……さっき、ただいまって聞こえたけど」

委員長の眉間みけんしわが深い。

この皺が深ければ深いほど、憂慮すべき事態であることを俺は知っている。

襖の向こうが静かになった。

不意にセミの声が耳に付く。

もっとも、いま鳴いているのはニイニイゼミで、さほど数が多い訳でもない。

「失礼します」

来た!

美月と一緒ではなく一人、我らがおっさん、美矢の登場である。

元クラスのおっ母さんVS我らがおっ母さん。

その二人のおっかあが今、相見あいまみえる!

「なっ!?」

おっと、いきなり不意打ちを食らったように委員長がった!

しょぱなから彼女を襲った衝撃は何だったのか!?

あ! これは!? 

エプロン! エプロンだ!

なんと美矢、エプロンを着けての登場だ!

美月の制服姿も衝撃としては強いものだったが、このエプロンの圧倒的主婦感!

汚れから身を守る防御服を攻撃に用いる、これは美矢の計算された見事な初手しょてだ!

「ふ、ふふ、家庭科の実習みたいね」

出た! 委員長の負けず嫌い!

ただの強がりにしか聞こえないが、小娘が! と年上ぶっているのは間違いない!

だが果たして年上ぶる必要があるのか! 何故なら委員長は最初っから圧倒的に年上だからだ!

「内縁の妻の美矢です」

おっと、いきなり正直過ぎないか!?

敢えて内縁を付けた意図は何なのか!?

インパクトとしては妻と断言した方が良かったのではないか!?

「な、内縁の……妻?」

それでも言葉の把握に戸惑う委員長!

頭脳明晰、クラスのおっ母、クラスの百科事典と言われた彼女も、処理能力が追い付かない!

シンプルに妻と言うより、寧ろ内縁という言葉がより混乱させたのか!?

そこには妙な生々しさとリアリティが感じられる!

「あっ、こんなものをお出しして申し訳ありません。すぐにお茶を持ってまいります」

ここでさりげなく気の利く嫁アピール!

いや、そうではない?

委員長の顔が引きっている!?

気の利く嫁アピールにしてはダメージが大きい!

何が彼女を追い詰めたのか!?

ああっと! 美月が用意した軽量カップを下げる美矢は、これ見よがしに左手を使っている!

しかも不自然に手を止めた!

さりげなく気の利く嫁と見せかけて、これは、これはあざとい薬指の指輪アピールだーっ!

キラーンとリングを光らせ、同時に白い歯をこぼして部屋を出る!

それは余裕の笑みなのか!

おおっ? たった今、襖の向こう、廊下でパチーンと高らかに音が鳴り響いた!

これはまさか、美月と交わしたハイタッチの音ではないか!?

だとすれば、それは勝利宣言とも取れる委員長への当て付けではないか!?

エプロンで出鼻をくじき、内縁の妻宣言で狼狽ろうばいさせ、指輪を見せつけてマウントを取り、最後の勝利宣言でダメ押し! 

まさに計算され尽くした華麗な闘いっぷり!

やはり海千山千のみゃーママの娘!

恐い! 美矢は恐い! 絶対に敵には回したくない存在!

正妻の貫禄は充分だーっ!

そして取り残された俺は気まずい!

圧倒的に気まずい!

委員長の戦意はまだ喪失していないのか、目には光が残っている!

だがジト目だ!

矛先が俺に向いただけだ!

しかもワナワナと震えているように見える!

「孝介」

ここで俺の名を呼んだ!

怨嗟えんさを含んだような低い声だ!

俺の現実逃避、脳内実況生中継は終わりを迎えるのか!?

「孝介!」

「は、はい」

……終わった。

今まで頭の中で声を張り上げていた俺が消えた。

「どういうこと?」

冷静になってみれば、委員長は──

「失礼します」

今度は美月!?

「お茶をお持ちしました」

コイツら、一気に畳みかける気だ。

敵と認識して容赦しない気だ。

……頼もしくはある。

二人が協力し合って、色んな困難に立ち向かっていってくれるなら、こんなに心強いことはない。

でも違うんだ。

委員長は──

「私を……からかってるの?」

委員長は、優しい。

お節介で、口うるさくて、お姉さん風を吹かす。

でも、お姉さんみたいに面倒を見ようとして空回り。

メンドクサイし鬱陶しいけど、それでも、嫌いになんてなれなかったのは、愚直なまでに真っ直ぐで、いつだって正しいと思うことを実践していたから。

「美月」

「はい」

「すまんが、二人にしてくれ」

「……なるほど、息の根を止めるのは俺にやらせろと」

「違うわっ!」

「……御意」

なんか知らんが、素直に従ってくれた。

美矢も美月も、人を傷付けることを良かれと思ってやる訳は無いんだ。

「委員長、いや、相沢」

項垂れていた委員長が顔を上げる。

「ちょっと待っててくれ」

俺はそう言って、客間を出る。

廊下で耳をそばだてていた二人には、自室に戻るように言う。

美矢はニッコリ笑い、美月は不服そうにほおふくらませたが、それでも言う通りにする。

俺は自分の部屋にある、鍵のかかる引き出しから書類を取り出す。

そもそも、相沢に隠す必要なんて無い。

委員長は俺達の関係を認めなかったとしても、俺達を苦しめるようなことをする訳がないからだ。

だったら、見てもらった方が早い。

俺が、二人をどう思っているかを。

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