第25話 委員長
委員長は、いつも気難しい顔をしている。
事あるごとに注意してくるし、上から目線でお節介焼きだ。
妙に馴れ馴れしいところもあって、俺のことを「孝介」なんて呼んでくる。
「孝介」
ほら。
でもそれは親愛の証じゃなくて、まるで年下を叱りつけるみたいに、ちょっとお姉さん風を吹かせているようなもの。
「さっきの授業中、あなた寝てたでしょう!」
ほら。
席だって離れているのに、しっかりチェックして注意してくる。
「委員長」
「何よ?」
「委員長はこの町に住んでるよね?」
「え、ええ。それが何?」
「俺、通学に一時間半かかるんだけど」
「だから何よ?」
「往復で三時間。つまりそれだけ自由時間が奪われる訳で、睡眠時間にだって影響するよね?」
「……それは、そうかも」
委員長は案外、屁理屈に弱い。
「授業中は寝ないように気を付けてるけど、時には寝てしまうこともあるよ」
「でも、汽車の中で寝るとか……」
「その時間は予習に
嘘である。
「判った」
これで委員長が諦めてくれれば話は早いし、チョロいものだ。
だが、ここからが彼女の本領発揮である。
屁理屈には弱いが、規則には厳しく融通は利かない。
「孝介の一日のスケジュールを教えて」
「は?」
「授業中、寝なくても済むように、最も効率的なスケジュールを考えましょう。勉強方法も見直した方がいいかも」
斜め上だ。
お節介も
何で俺のプライベートにまで干渉されなきゃならんのだ。
「孝介」
「ん?」
俺は今、大事な私生活を如何にして守るかで頭がいっぱいだ。
「私、お弁当作ってこようか?」
何言ってんだコイツ?
「それで、少しは時間に余裕が生まれるでしょ?」
確かに俺は自分で弁当を作っているが、それは昨夜の残り物を詰めているだけであって、十分もかからない。
まあその詰め方が雑なことと、色どりなど全く考慮していないので、見た目的にはガサツな男の手作り弁当といった感じになってはいるが。
「あのさあ委員長」
「な、何?」
「俺みたいな条件のヤツは他にも沢山いるわけ。委員長はそいつらの面倒を全部見るつもり?」
「そ、そうよね。ゴメン、変なこと言った」
「いや、いいよ」
「じゃあスケジュールは──」
「それは自分で何とかするよ。ていうか、委員長は仕事しすぎなんだから、自分の休息時間の確保を優先すべきだよ」
「え? あ、ありがと……」
委員長の
何かにつけてこんな調子だ。
メンドクサイったらありゃしない。
……なんて高校時代の一コマを思い出してしまったが……あれ?
それってメンドクサイのか?
いま思い返すと、ただ甘酸っぱいだけなような……。
きっと、思い出補正というヤツに違いないな、うん。
実際、その後も同じような関係が続いた訳だし、他の男子にもお節介だったし……。
「孝介」
「え?」
「さっきから黙ってどうしたの?」
取り敢えず客間に通したが、俺はボーっとしていたようだ。
美月には自室に戻るように言ってあるし、ここはまあ昔話に花を咲かせ、ほどほどのところでお引き取り願おう。
「えーっと、何で知った?」
俺が田舎に帰ってきたことは、地元の少数の人間しか知らない。
田舎の高校に通う生徒なんて住んでる範囲は相当に広いし、委員長の家など生活圏の外だ。
「逆に訊きたいのだけど、どうして教えてもらってないのかしら」
昔のままの面影と、初めて見る、薄く口紅の引かれた唇。
気が強そうと思って見ていた顔が、案外と険の無いものであるように感じるのは、年を経て委員長が変わったからか、それとも俺の見方が変わったのか。
「家の周辺の、普段から関わるような人にしか言ってないんだ」
「でしょうね。私の耳に届くまで一年以上もかかったんだから」
俺は苦笑する。
クラスメイトの状況を把握していないと我慢出来ない、あの頃の委員長のままみたいだ。
授業態度や
まるで、クラスのおっ
「失礼します」
え!?
お盆を持った美月が、しずしずと客間に入ってきた。
「粗茶ですが」
上品な物腰と、
委員長はポカンと口を開けている。
俺も唖然として声が出ない。
「ごゆっくり」
最後にニッコリ笑って、美月はまたしずしずと客間を出ていった。
……。
「……言いたいことと訊きたいことが山ほどあるのだけど」
「出来れば二つほどに絞ってくれるとありがたい」
「……どうして二百五十㏄なの?」
「え? そこ?」
「違うわよ! 一目見て二百五十㏄って判る計量カップのことよ! あと粗茶じゃなくて水だから! ていうか何で制服!? まさか女子高生!? 現役なの? それともコスプレ? ていうかあの子誰よ!」
「えーっと、要約すると、アイツは誰かということだな」
「はあ!? 要約じゃなくて
「なぜ二百五十㏄なのか、なぜ計量カップなのか、なぜ水なのか、なぜ制服なのか、アイツは誰か、一つに絞るならどれだ?」
「あの子は誰よ!」
やっぱりそうなるじゃないか。
さて、何と説明したものか。
妻、と言えば早い気もするが、その場合、美矢の存在を悟られるとマズイ。
この融通の利かない堅物委員長が、二人の嫁がいるという状況を受け入れる
幸い、美矢はお出掛け中である。
ある意味、さっきの美月はケンカを吹っ掛けたようなものだし、年の離れた嫁というだけでも何かと言われそうな気もするが、ここはそれで行くしかないか。
「アイツは──」
「ただいまぁ。あれ、お客さん?」
……玄関から聞こえてきた愛しいはずの美矢の声を、俺は耳を
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