第14話 ─閑話─ 妻たちの四方山話

「それじゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃーい、頑張ってね」

軽トラのエンジンがかかる音。

家の前は少し段差があるので、軽トラに積んだ農機具がガシャンと音を立ててから、そのエンジン音は遠ざかっていく。

居間に戻るとタマちゃんが起きてきたところだった。

まだ寝ぼけまなこで、小脇にクマの縫いぐるみを抱えている。

「タマちゃん、また孝之助を連れて来てるよ」

こーすけ君と離れて暮らしている間、タマちゃんの慰み者、いや、慰めになっていた縫いぐるみは、もはやタマちゃんの睡眠に無くてはならない存在だ。

名前は孝之助。

もう乙女心まるだしでこっちが照れ臭くなるけど、一応、こーすけ君には内緒の話。

「みゃー、孝介さんは?」

孝之助を膝の上に乗せて、タマちゃんは子供みたいにキョロキョロする。

「今さっき行っちゃったよ」

「……」

もう、しょんぼりするくらいなら、もっと早く起きればいいのに。

「いろはちゃんはまだ寝てる?」

「昨夜、星を見てから寝ると言っていたから、なかなか起きないと思う」

ある意味、いろはちゃんも乙女だよねぇ。

いや、ある意味どころか正真正銘の乙女か。

多分、縁側から一人で星を見ていたんだろうけど、ホントはこーすけ君と見たかったんだろうし……。

今朝の朝食はパンとサラダ。

タマちゃんは自分でコーヒーを淹れると、しばらくボーっとしてからそれをチビチビと口に含む。

美味しいとは思っていないようだけど、それも毎朝の習慣になっているし、それもまた乙女の行為だ。

好きな人が好きな物は好きになりたい。

その気持ちはよく判る。

「エイリアンが、口から白い粘液を吐き出す夢を見た」

トマトジュースを飲んでいた私は、思わず赤い液体を吐き出しそうになる。

「そ、それって?」

「怖かったけど、最後は飼い慣らした」

「そ、そう」

「みゃーはアレ、どう思った?」

「アレって、エイリアンのこと?」

「うん。孝之助には付いてないから、ちょっと困る」

困ることは無いんじゃないかなぁ。

寧ろ、縫いぐるみにそんなものが付いてたら困るよね?

「怖いけど、どこか可愛くて、最後は愛しく思えちゃうかな」

素直な感想を言うと、タマちゃんは「くふふ」と思い出し笑いする。

「マズいけど、どこか癖になる匂いで、最後は病みつきになるよね」

えっ!?

ちょちょちょ、ちょっと待って!

不味い? 癖になる? 病みつき?

くわえたの!?」

「粗チンと言ったことは謝ります」

「私に謝られても!? ていうか、まさか後ろもささげた!?」

「それはまだ……ちょっと怖いし」

お尻を捧げられずに恥じらう純情乙女の図に、世界は驚愕する!

「タマちゃん、まあまあとかじゃなくて、正直、どうだったの?」

身体が溶けるような感覚、心が、溶け合うような感覚。

こーすけ君と過ごした日々と、田舎の風景。

共有する悦びと、それでも物足りないと感じるもどかしさ。

「私は、みゃーには敵わない」

「え?」

「それをくつがえしてもらおうなんて思ってなかったけど、それでも、私を必要としてくれてるって思えた」

「こーすけ君は、どっちが上とか思ってないよ?」

「判ってるけど、でも、私は劣等感をぬぐえないから」

「タマちゃん……」

「まあぶっちゃけ、性行為をあなどっていました」

「それは、快楽として? それとも、愛を育む行為として?」

言葉にすると少し恥ずかしい。

「あんな汚らわしい行為から私は生まれたのか、なんて思ったこともあったの……」

それは、判らないでもない。

自分を慰めたときの罪悪感、自分の親の行為を想像したときの嫌悪感、それらと欲求が拮抗きっこうする。

本能だけに突き動かされたくないという思いと、本能のおもむくままに自身をさらけ出したいという思い。

「ねえ、みゃー」

タマちゃんが私に抱き着いてくる。

「孝介さんが好き」

「うん、私もだよ」

「孝介さんが、ご両親を亡くした理由、知ってる?」

「そう言えば、知らないね」

「たぶん、交通事故か何かだよね?」

何となくだけど、私もそう思っていた。

こーすけ君の様子から、それは突然に、それは一瞬ですべてを奪ってしまったように感じたから。

「その時、孝介さんは、今の私達より幼かったんだよね?」

「うん、そうだね」

「ねえ、みゃー、判る?」

「判るよ」

「私、なんで甘えてるんだろう?」

「それが、タマちゃんの役割だから」

「え?」

「こーすけ君は誰かに甘えたい。それと同時に、誰かに甘えてもらいたい」

「……そっか、役割があったんだ」

「うん、そう。私には私の、タマちゃんにはタマちゃんの。だから、どっちが上とか下とか無いんだよ」

「ねえ、みゃー」

「うん?」

「幸せだね」

「当たり前じゃん。私もタマちゃんも、こーすけ君には無くてはならない存在だよ?」

タマちゃんが微笑む。

女の私から見ても、とろけるような笑み。

「ねえ、みゃー」

「なぁに、タマちゃん」

「みゃーは、孝介さんを甘やかす役割?」

「そうなれたら、いいなぁ」

「みゃーがお母さんで、私は子供役?」

「そうかもね」

「ホントの子供が出来たら、どうなるのかなぁ」

「お役目終了ー」

「もう! みゃー!」

タマちゃんを見て、こーすけ君は頑張ろうと思い、頑張って疲れたら、私が甘やかして……。

そう単純じゃないけど、私達はいい関係なんじゃないかなぁ。

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