第13話 御馳走とお赤飯

何となく気恥ずかしいので、母屋おもやへは別々に戻るつもりだった。

だが、美月が俺の腕を離さない。

美月と顔を合わせているのが気恥ずかしいだけだったのに、美矢といろはにも公開処刑されろと言うのか。

腕にしがみ付いてくるので歩きにくい思いをしながら母屋に戻る。

ちょうど晩飯が出来ている頃だと思ったが、美矢はまだ調理中のようだ。

いろはは見当たらない。

「おかえりー」

ニッコニコだ。

「お風呂沸かしてあるから。先に入るよね?」

……バレてる?

いや、美月が美矢に話してから俺のところに来たのかも知れない。

そうでないなら、全てを見通し、全てを包み込む正妻の懐の深さが恐ろしい。

「タマちゃん、どうだった?」

「ま、まあまあでしたね」

……傷付けばいいのか、頭を叩けばいいのか。

「タマちゃん、腕にしがみつきながら言うセリフじゃないよ」

「……そこそこでした」

「……」

「一緒に入ってくる?」

美月がチラリと俺の顔をうかがう。

え? いや、お前、拒否しろよ。

「背中を流してあげなくもないですが」

「い、いや、お前が先に入ってこい」

「そうですか」

名残惜しそうに、美月が俺の腕から手を離す。

……。

「ではお先に」

体験したことで、何かが変わるのだろうか?

美矢はそのままだけど、美月はまだまだ不安定だよなぁ。

俺は、どうなんだろう?


風呂から上がると食卓には豪勢な料理が並んでいた。

「あれ、二日目もこんなに歓迎してくれるんすか!?」

いや、多分お前のためじゃない。

だが誰も返事しないので、妙な空気が漂う。

美矢はニコニコしてるだけだ。

「くふふ」

美月は変な思い出し笑いをする。

いろははいぶかしげにみんなを見回すが、何より俺と美月に注視する。

食卓は正方形に近い。

四辺で四人いるのだから、一辺につき一人が座るのが普通だし、昨夜もそうだった。

なのに一辺余っているのは何故か。

俺の隣に美月が座っているからだ。

さも当然のように、俺の右隣にちょこんと居座っている。

「……えっと、そういう日?」

各家庭には、それぞれの家のルールというものがある。

俺の隣に座る日、みたいなルールがあると勘違いしてくれたならありがたい。

「あれ、なんで赤飯もあるんすか?」

くそ、いらんことに気付きやがって。

「って、赤飯炊いたのかよ!?」

ニッコニコだ。

これが返事だと言わんばかりだ。

「あ、お仏壇にお赤飯持って行かなきゃ」

え、いや、それはそれで恥ずかしいんだが。

「こーすけ君も、後でちゃんと報告しなきゃ駄目だよ」

童貞卒業しましたとか、いちいち親に報告するヤツなんてどこにいるんだよ。

「なんかお目出度いことでもあった──マジっすか!?」

いや、何がだよ。

その如実にひらめいたみたいな顔はやめろ。

「どっちと!? 両方!?」

「……」

「多摩さん、どうでした?」

矛先ほこさきを変えたところで、美月も恥ずかしいから答えんぞ。

「……まあ、猿のように腰を振るだけで技巧もくそもありはしませ──痛っ!」

あれだけ恥ずかしがっておいて恥ずかしがらずに言うのかよ!

「……」

いや、いろはも何故黙る。

「言っておくけど、美月のギャグだからな?」

「えっと、美矢は?」

無視かよ!

美矢は美矢でニッコニコだよ!

これが返事だと言わんばかりで隠す気ねーよ!

「くふふ」

おい美月、このタイミングで思い出し笑いすんな。

「アンタら……」

いろはが立ち上がった。

さながら幽鬼のように、ゆらりと。

「い、いろは?」

「あたしをヤキモキさせておいて、あたしがいる時にあたしに隠れてコトを致すってどういうこと?」

アンタらと言いながら、ネイルアートで飾られた指を俺に突きつけるのは何故だ。

「そりゃあ、あたしは三人とは違って!」

「おい、いろは」

「……孝介サン」

「は、はい」

「どうだったんですか?」

「な、何が?」

「二人を抱いて、どうだったんですか!」

語気を強めるのは、事細かに行為を詮索せんさくするつもりではないからだろう。

コイツはエロいことが訊きたい訳じゃなくて、ちょっと怒ってるみたいなのも多分……。

「二人をどれだけ好きか、再認識した」

恥ずかしいけど、多分、これが本音でこれが正解。

「……良かったっす」

ほら、安堵あんどの笑みを零した。

例えば俺が地球だとして、美矢が太陽、美月が月だとしたら、コイツは金星みたいな位置から三人を見てきたんだ。

そして俺達三人は、そんなちょっと離れたところにいる金星に、愚痴や悩み、不安や喜びを、それぞれが共有してもらっていた。

だから、たとえ身体を交えることは出来なくとも、今回もまた、一緒に喜びたいのだ。

俺としては隠すつもりなんて無くて、いや、照れ臭いから敢えて言う気も無かったけれど、それがいろはにとって少しだけ、口惜しくて胸がちくりとしたのだろう。

「いろはちゃん」

「あ、ごめん、なんかヘンな空気にしちゃった」

「ううん、あのね、私達三人は全てを共有してる訳じゃなくて、お互い言えないこともあったりするから、私は私で、タマちゃんはタマちゃんで、こーすけ君はこーすけ君で、いろはちゃんに相談に乗ってもらったと思うんだ」

「相談に乗るっていうか、楽しく会話してただけだけど……」

「このお赤飯は、三人の卒業記念ではあるんだけど、この料理は、いろはちゃんへの感謝のつもりだから」

確かに、単に豪華であると言うより、普段のメニューと違って肉類が多い。

どちらかと言えば俺達は野菜と魚が好きな方だが、いろはは肉好きらしい。

「美矢ぁ!」

いろはが美矢に抱き着く。

三人の関係とは同じにはなれないから、そこに疎外感を覚えたり、ちょっと嫉妬心を抱いたりすることはあるかも知れない。

けれど、いろはは三人にとって無くてはならない存在だし、それを伝えたくて美矢は料理に腕を振るったのだろう。

まあ、美矢が感謝の気持ちを込めて料理をしている間、俺と美月はナニをしていた訳だが……。

「あのさ、昨日、二番目と三番目の違いはほとんど無いって言ったじゃん?」

「え? 確かに言ってたけど……?」

「じゃあ、あたしが三番目に抱かれても大して変わりなく──」

あ、正妻の逆鱗げきりんに触れた。

「いろはちゃん」

「ちょ、嘘! 冗談だって!」

ああ、これはちょっと長引くかなぁ。

どこまで本気で怒って、どこまで本気で反省してるのか判らないけど、賑やかな夜になりそうだ。

「くふふ」

美矢がいろはを説教しているのを、美月は俺の腕を掴みながら楽しそうに眺めていた。

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