第12話 美月体験

一人で蔵にこもり、読みかけの本を広げた。

農作業を終えてから夕食までの二時間ほどを、この小さな薄暗い空間で過ごすことにする。

女子三人の賑わいから逃れる意味もあったが、美矢と顔を合わせて話すことに面映おもはゆさを感じたというのもある。

こういうとき、女性の方が動じないのか、美矢は普段通りに見えた。

朝も普通に俺を送り出したし、美月やいろはに対する態度にも変化は見られなかった。

「にゃあ」

サバっちの声がして、俺は階下を覗く。

腕にサバっちを抱いた美月が立っていた。

「どうした?」

美月はどこか困ったような顔をしてから、視線をサバっちに落とす。

「この子が、孝介さんのところへ連れて行けと」

嘘であることが丸わかりだ。

「上がってこいよ」

「いいので?」

「当たり前だ。この家にお前の入ってはいけない場所なんかある訳がない」

「二人の愛の巣なのでは?」

ぶほっ!

コーヒーを盛大に噴き出し、階下に飛び散らせてしまう。

サバっちは美月の腕から華麗に飛び退き、美月も咄嗟とっさかわした。

どちらも俺の犠牲になった経験があるし、学習能力も高いようだ。

サバっちがお役目は済んだとでもいうように母屋おもやの方へ帰っていくと、美月は蔵の扉を閉じた。

密室になってしまった。

俺はいったん階下に降り、美月を先に二階へ上がらせる。

運動神経ゼロの美月に梯子はしごを上らせるのは心許ないし、落ちた時に受け止められる態勢を取っておく。

「ケダモノに変わる前、男は紳士になるのですね」

……やはり、そのつもりで来たんだろうか。


特に寒いわけでもないと思うが、美月は毛布にくるまって座る。

おびえているようにも恥じらっているようにも見える。

「痛くしないでね」

「いきなりかよっ!」

「男性はこのセリフに弱いと」

コイツはネットでいらん知識ばかりつけてるから、却ってやりにくい。

「なるほど、なかなかの手練てだれですね。では」

美月は引きった笑顔を浮かべた。

何をする気だ?

「カモーン」

「……お前、やる気あんのか?」

「私の豊かな双丘で、あなたのそのみなぎったご子息を──痛っ!」

何かと無理をしているのは判るが、頭を叩かざるを得ない。

「美月、ここに座れ」

少し甘えさせた方がいいかも知れない。

俺は胡坐あぐらをかいた足許を指差す。

「座位ですか? 最初は正常位がいいので──」

「いいから座れ!」

遠慮がちに擦り寄ってきて、俺の上にちょこんと座る。

いや……空気椅子?

「おい、なに腰浮かしてんだ」

「ご子息が圧殺されませんか?」

「しねーよ! お前ごと持ち上げるくらいだよ!」

柔らかなお尻がそろりと下ろされ、背中を俺に預けてきた。

それだけで、陶酔させるような甘美な匂いと温もりに包まれる。

「順調に育ってらっしゃるようですが?」

「……そうだな」

「ふ、この程度で私を持ち上げるなどと、笑止な」

「……お前はフラグクラッシャーでも目指しているのか?」

「……すみません」

しおらしくなったので、後ろから抱き締める。

取り敢えずエロは抜きで、ただただ愛おしむように抱擁ほうようすると、美月は振り返って唇をねだってきた。

雛鳥が、親鳥から餌をついばむように、何度も何度も唇を突き出す。

その唇を次第に下へとわせていき、俺の胸元に顔を埋める。

胸の鼓動は伝わっているだろうか。

「さては緊張してますね」

胸のドキドキをバカにするな!

「しかも怒張してますね」

……。

「孝介さん孝介さん」

「なんだ」

「俺のビッグマグナムが火を吹くぜ、と言わないのですか?」

「言うかっ!」

「まあビッグマグナムなどと虚言すら吐けない矮小さを自覚していることは評価しま──エイリアン?」

「俺の息子だろーが!」

「ひっ! 動きました」

「……お前、過剰なほどの性知識はどうした?」

「私は主に体験談を読みあさっていたのですが?」

「……」

「映像はモザイク付きしか見たことがありません」

「いや、でも家族とか……父親はともかく、兄貴のなら見たことあるだろ?」

「兄は仔象の鼻のようでしたが?」

ふ、まあガキのモノと比べられてもな。

って、なに自尊心満たしてんだ俺は。

「兄のはパオーンという感じでしたが、こやつめはギャースと言って噛み付いてきそうです」

そう言いながらも、どこか可愛がるようにツンツンとつつく。

俺のモノがギャースと鎌首をもたげる。

比べてはなるまいとは思っていても、美矢の時とは随分と違うので戸惑う。


美月は、とにかく俺に奉仕しようとする。

逆に、俺が与えようとすると極端に恥ずかしがり、身を固くする。

俺は美月の髪を撫で、出来る限り緊張をほぐそうと努めた。

それでも、あまりにかたくななので、もしかして抱かれたくはないのかと勘繰ってしまうほどだった。

かといって、身体を離すとしがみついてくる。

その姿からは、不安や自信の無さみたいなものがうかがえた。

そうか……そうさせてるのは俺か。

俺は選択するような偉そうな立場でないと卑下ひげしているようでいて、結局のところそれは、美月の不安を増長させているだけだった。

俺は二人を好きで、その揺るぎ無い思いに安心していたけれど、美月にしてみれば、常に比べられる不安が付いて回る。

たぶん、ここに来るだけで、どれだけの勇気を振り絞っただろう。

そこからは必死だった。

俺がどれだけ美月を好きで、美月がどれだけ魅力的であるかを懇切丁寧こんせつていねいに伝えなければならなかった。

そうやって少しずつ、ゆっくりと、美月は俺に全てを委ねるようになった。


「最後は、オーマイガーか、イっちゃうか、どちらをご所望ですか?」

やっと受け入れる体勢になったと思ったのに、コイツは俺をえさせたいのか?

だが判ってる。

今度はただ単に怖がってるだけだ。

ここまできたら、有無を言わさず目的を完遂するのみだ。

「おっと、夕食が出来たかもです」

……。

「あ、今まさに生理が始まり──痛っ!」

つらぬいた訳ではない。

いつも通り頭を叩いただけである。

その後のことは、無我夢中であまりよく憶えていない。

美月はまだ何かゴチャゴチャ言っていたような気がするし、俺は美月の名前を繰り返し呼び続けたことは何となく憶えている。

美月が俺の背中に爪を立て、泣きながら受け入れてくれたことも。

ただ、最後の最後に美月が俺の腕の中で呟いたセリフは忘れようがない。

「……大しゅき」

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