第8話 再会
田舎には、蔵を所有する家が多く存在する。
町内会長の家なんか、大きな蔵が三つもある。
富の象徴、などと言われたりすることもあるようだが、我が家にひとつだけある小さな蔵は、ただの物置に等しい。
勿論、お宝なんて眠っておらず、この一年で要らないものは随分棄てた。
二階には
何かに使えないだろうかと考えていた。
どこか秘密基地みたいでもあるし、何となく秘め事を連想させる空間でもある。
「にゃあ」
おお、サバっち、お前もそう思うか。
そういや、お前の好きそうな雰囲気でもあるなぁ。
もうちょっと綺麗に掃除して、椅子や本を持ち込んで、コーヒーを飲みながら読書なんかに
天井からぶら下がる、裸電球の明かりも味わい深い。
「いらっしゃーい」
玄関の方から美矢の声が聞こえてくる。
お客さんだろうか?
親しげな様子だから隣のおっちゃん?
「久し振りだねー」
久し振り? 誰だろう?
俺は蔵から出て、庭を横切り玄関に向かった。
ケバい。
玄関前にケバい女の後ろ姿が見えた。
中途半端な田舎だとケバい女は多く生息しているが、ここはド田舎である。
隣家のばっちゃんが見たら外人さんと間違えそうだ。
「おい、いろは」
俺はそのケバい女の名前を呼んだ。
「あ、孝介サン!」
振り返るや否や、
え? 俺とお前、そんな仲だったっけ?
と戸惑い、対応が遅れそうになったが、美月がいろはを
「感動の再会がっ!」
懐かしいとは思っているが、感動はしてないかな……。
「ところで、来るなんて聞いてないんだが」
「えー、ちゃんとメッセージ入れときましたよ」
スマホを確認する。
……。
「十五分前じゃねーか!」
「まあまあ孝介さん、例えばですよ?」
「なんだ」
「隣の家の人が、わざわざ何日後にアンタんとこ行くよ、とか言ったりしますか?」
「……」
「それが隣町の人、隣県の人、隣国の人でも同じですって」
「で、今夜はどこに泊るんだ? まだ予約を取ってないならここから近い民宿に電話してやろうか?」
「そんなぁ、毎日メッセージをやり取りしてる仲じゃないっすかぁ」
「嘘をつくな!」
その派手な頭に一発入れておく。
「あいたっ!」
美月が「ああっ!」という顔をする。
「美月、どうした?」
「いえ……何も」
何も、と言うわりにはジト目で俺を睨んでくる。
どうもコイツは、俺に頭を叩かれるのは自分の特権だと思っているフシがある。
「で、いろは、突然どういうつもりだ?」
いろはの荷物は多い。
ちょっとやそっとじゃ帰らないぞ、という気合いを感じる。
「いや、田植えの手伝いに行きますって前に言ってたじゃないっすか」
「田植えは一週間後だが?」
「そっすか」
軽っ!
コイツ、泊りがけというより、滞在するつもりでは?
「今はジャガイモの収穫してるって聞いたっすけど?」
「……いろはにぽてと」
ぼそっと美月が呟く。
どうもそのフレーズが気に入っているようで、一人で含み笑いを浮かべている。
「ゴールデンウィークまで待てばいいものを」
「あたしは年中休みみたいなもんっす」
「浪人生だろうが!」
「浪人生に人権は無いんすか!」
「いや、美矢も美月も学校に行ってる時間が多いしだな」
どうも浪人生に浪人生であることを振りかざされると強く出られない。
「えへ、二人きりっすね」
「いや、お前──」
ピシっと、何か空気が張り詰めるような音が聞こえた気がした。
そう言えば、美矢は随分とおとなし──
「こーすけ君」
そうか……ニッコニコの笑顔は、そんな風にも使えるのか。
まるで吹き付けてくるような威圧感、目を逸らすことさえ許さない圧倒的正妻感。
二年近くの付き合いになるが、まだまだ俺の知らないことが沢山あるんだな。
俺は、
日中の陽射しに汗ばむこともあるが、古い家の中はひんやりとしているし、時に寒い日もある。
夜は冷えることも多いから、
その炬燵に四人で座る。
いや、何故か俺は炬燵に足を入れず、正座しているのだが。
「こーすけ君」
「はい」
「いつからいろは呼び?」
あれ? そう言えば、以前はいろはちゃんって呼んでいたよな?
「去年の夏前くらいからっす」
そうだったかな。
「会ってたの!?」
「いや、違う、メッセージ上での話だ! って、そうだ、お前達の近況を訊くのにメッセージで遣り取りしてたけど、段々いろはちゃんって打つのが面倒になって省いたんだ」
「え!? そんな理由だったんすか!? 初めて呼び捨てにされた時のドキドキを返してくださいよぅ」
「あ、なんか悪かったな」
「
「いろはちゃん」
「は、はい!」
「滞在予定は?」
「み、未定」
それは気が済むまでここにいるということでは?
「こーすけ君」
「はい」
「出て行って」
「え?」
「今から、第八十三回乙女会議を開きます。男性は退出!」
「わ、判った」
……怒ってはいるけど、きっと楽しくて賑やかな日々の始まりだ。
たぶん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます