第6話 優先権

畑仕事をしていると、農道に見慣れた軽トラックが停まった。

「こーすけ君、行ってくるねー」

美矢が運転席から手を振り、助手席では美月が眠そうな顔をしている。

「おう、気を付けてなー」

隣家のじっちゃんが使っていた軽トラックはもう相当にオンボロだが、美矢は何故か気に入ったらしく、二人はそれで大学まで通っている。

軽トラ自体は田舎では珍しくないものの、当然、大学では目立つ。

入学初日から一部で話題になり、今や「軽トラの天使」なる異名をささやかれるまでになっているとか。

正直なところ、内心、穏やかではいられない。

大学の男どもの女子に対するアグレッシブさというのは、高校の比ではない。

アルコールに接する機会も増えてくるだろう。

「軽トラの」なんて言葉は必要なく、ずばり「天使」であると思っているイタイ俺にとって、大学というのは悪の巣窟そうくつなのである。

もっとも、チョーカーと左手の薬指にめた指輪は、あの二人の標準装備になっており、一定の効果を発揮しているようだ。

まあそれでも誘ってくる男はいるもので、先日も美月は、「人妻ですが?」と言って退しりぞけたらしい。

頼もしい限りである。


農作業が暇という訳では無いが、工夫次第でそれなりに時間は作ることは出来る。

午後は早めに家に帰り、晩飯の下拵したごしらえをすることも多い。

買い物は、大学の帰りに二人がスーパーに寄ってくれるが、野菜に関しては貰い物や自家製で事足りる。

あの二人が軽トラで農道を走ると、呼び止められて荷台に野菜を乗せてもらえることが頻繁にある。

従って、ご飯の下拵えは野菜を切り刻むことが非常に多い。

「にゃあ」

サバっちが、俺の足元で物欲しそうに鳴く。

しばし調理の手を止めて、サバっちとじゃれ合っていると二人が帰ってきた。

「ただいまー」

美矢は元気に挨拶するが、どういう訳か、美月は黙って二階に上がる。

「こーすけ君ありがと。続きは私がするね」

料理は当番制になり、確か今日は美月のはずでは?

まあ今でも「乙女会議」なるものをしているのかは知らないが、二人の間で色々と取り決めの変更や融通を利かしたりといったことをしているのだろう。


「こーすけ君、あのね」

二人で晩飯を食べていると、美矢が改まった口調で話し掛けてきた。

「どうした?」

「うん、えっとね、今日タマちゃんとジャンケンしたの」

「……それで?」

「私が勝ったんだけど」

アイツ、それで帰ってきてから元気が無いのか!

って、そんなワケないよな。

今も食欲が無いとか言って部屋にこもっているのは心配だが。

「……そうか、良かったな」

たかがジャンケンに勝って何がいいのか。

いや、たかがでは無い、何か「圧」のようなものを感じた。

「そういう訳で、こーすけ君の童貞さんは私が貰い受けます」

俺ははしを落とした。

何か気合いのようなものが空気を震わせた気がする。

美月の元気の無さはジャンケンのせいだったのか……。

「こーすけ君に委ねるって言ったけど、このままだとズルズル引き延ばされそうだし」

「……美月は?」

「鋭意ふて寝中」

「……美月を呼んできてくれないか」

「あ、一緒に説得してくれるの?」

「お前と美月を一緒に説得する」

「ちょっと何言ってるのか判らないけど」

「……まあいいから呼んできてくれ」

「らじゃ」


食卓に美月が加わる。

あー、私、何もする気ないし、世の黄昏たそがれを寝っ転がって見てるだけだし、みたいな態度でいる。

「美月」

「返事するのもだるいのですが」

ただのねたガキではあるが、一応、ひなには稀な美少女である。

いや、都会にいても美少女だけど。

「ジャンケンじゃなく、納得のいく決め方はあるか?」

「孝介さんに選んでもらった方が納得がいきます」

「俺が選ぶというのも何か偉そうで嫌なんだが、俺が決めれば納得するんだな?」

美月は上半身を起こすと、じっと俺を見つめ、何か言い掛けてやめるということを繰り返す。

「それはそれで、先に選ばれなかった方は傷付く、ってタマちゃんが言うからジャンケンにしたんだよ?」

「わ、私は五回勝負にしようって言ったもん」

もん?

「そんなこと言っても、私が三回でって言ったら、タマちゃんも納得したじゃない」

「み、みゃーが負けた方は後ろの初めてをって言うから、つい乗せられただけだもん」

もん?

いや、そうじゃなくて、後ろの初めてって何だ?

「だから、それで納得したんでしょ?」

「後ろをしてもらえるのは愛があってこそ、なんて言ってみゃーがそそのかすから」

「唆すって……人聞き悪いこと言わないでよ。タマちゃんだってノリノリでお口の優先権も主張してたし」

「……お前ら」

「ファーストキスはみゃーに譲ったのに」

「うっ、それは……でもあれって口をふさぐのが目的だったし」

「……お前らに言っておく」

二人が俺の口許を注視する。

「当分の間、その、二人とはそういうことはしない」

「え!?」

「なっ!?」

そんなに驚くことか?

「俺達は共同体、理想はさんぴーだ、なんて言ってたお前たちはどこへ行ってしまったんだ? いや、さんぴーがしたい訳じゃなくて」

「そうは言うけど、さんぴーだってどっちかが先になるんだよ?」

「そんなことを言ってるんじゃない。理念だ!」

さんぴーで理念とか、何言ってんだ俺?

「あなたの美月は、あなたの意見に賛同します」

「ちょ、タマちゃんズルイ! それにそんなこと言ってたら、こーすけ君って大学卒業するまでとか言っちゃうよ。万が一、在学中に子供が出来てはいけないとか理由つけて」

ギクッ!

「要は、その気にさせた者が勝ちということですね」

「おい、何でそうなる」

「そっか、結局は私達の誘惑が足りないってことだもんね」

いや、だから──

「委ねるなどと受け身ではなく、精力的な料理から始まり、挑発的な言動や刺激的な服装、蠱惑こわく的な仕草……やるべきことは沢山あるのです」

「よし、やる気が出てきちゃったよ!」

「恨みっこ無しで」

「らじゃ」

……解決、したのだろうか?

二人は意気投合したようだが、何故か俺は疎外感を覚えた。

聖人のような心と、修行僧のような忍耐力が欲しいなぁ……。

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