第4話 挨拶回り 2
町内会長宅を辞してから十軒以上の家に挨拶をした。
美矢はどこのお宅を伺っても如才なく対応し、また相手からも気に入られた。
人当たりの良さというか、社交性というか、その辺のところはさすが水商売をソツなくこなしているみゃーママの娘だな、という感じがする。
だが──
「美月!」
「何ですか? 股間に
「
股間にぶら下がっているものは元々皺だらけであって、あれは皺を寄せたわけではない。
いや、そんなことはどうでもいい。
「さっきの態度は良くないだろ」
確かにさっきのオバサンは俺も好きではない。
昔から噂好きで、あること無いこと言いふらすタイプのいけ好かないババァだ。
でもだからこそ、変な噂が流されないように対応する必要があった。
それなのに美月ときたら……。
「クズの息子はクズですが?」
そりゃ俺だって、あのババァが自分の息子を彼氏にどうかと薦めてきたときは腹が立った。
しかし、そうではあっても美矢の方は上手く
「鼻で笑ったときの、あの田舎ヅラした童貞の顔は傑作でし──失礼、決して孝介さんのことでは」
「俺のことだなんて思ってもなかったよ!」
「あらまあ」
コイツ……。
「とにかく、次で最後だ」
「信用度は?」
「百だ」
「は?」
「両親だよ。墓参りだ。まあ仏壇には話し掛けてくれてるみたいだし今さらだけどな」
「そんなことないよ! 行こ!」
美矢はニッコニコで駆け出していく。
アイツはもう、この辺の道は完全に把握しているようで、早くも田舎に溶け込み始めている。
「……」
「美月、どうした?」
コイツは、まだよそ行き、というかお客さんの雰囲気だ。
俺を
「私の信用度はどれくらいなんでしょうね」
まるで空に訊ねるみたいに視点は遠い。
なんだ、そんなことか。
たぶん、もし両親が生きていたら美月をどう評価するか、ということを言ってるんだろう。
「信頼度五だ」
「……五ですか」
両親の百に対して五という数字に少し凹んだようだが、信用ではなく信頼という言葉に置き換えたことを判っていないようだ。
信じて用いるより、信じて頼ることの方がどれだけ大きなものであることか。
「やはり結合しなければ……」
何か、おかしな決意を抱いたようではあるが。
墓地に着くと、既に美矢が墓周りの掃除を終えて桜の木を眺めていた。
墓地の真ん中にある、この辺りでは一番大きな桜で、七分咲きくらいになっていた。
墓地全体が、ぱーっと輝くような光景を
「こーすけ君」
「ん?」
「私達も、ここで眠るのかなぁ?」
まだそんなことを考える歳ではないけれど、いつか、ここにみんなで眠るのは悪くない気がした。
「さ、挨拶するぞ」
両親の墓の前で、三人が並ぶ。
俺が真ん中で左が美矢、右にいる美月は何故か俺の
「せい──」
「正妻の、とかはいらんぞ」
「う」
二人は不服そうな顔をしたものの、その場にしゃがみ黙って手を合わせた。
目を閉じて、穏やかな顔をして、二人は何を伝えようとしてくれているのだろう。
父さん、母さん──
俺も心の中で語り掛ける。
静かな、とても静かな心で──
「あなた達の息子は鬼畜です」
え?
「ひとつ屋根の下に住まわせておきながら、手も出さずに
おい、美月、何を!?
「ちんこ付いてんのかと思って昨夜お風呂を覗きましたが付いてました」
は?
「部屋の掃除をしてたらエッチなビデオも出てきたよ」
おい、美矢もやめろ!
「更に驚いたことに、あなた達の息子は部屋にコンドームを隠し持っていたのです」
俺にプライバシーは無いのか!?
「使ったことも無いくせに、初っ端から0.01ミリを用意しているあたり、ヤル気はあるのに勇気が無いヘタレです」
「初めてはナマがいいなぁ」
こら、墓前で何を!
「しかも接触は頭を叩く時ばかりです」
「お尻ペンペンの方がいいよね」
……まあ、好きに言わせておくか。
「着替えも物色しないし、お風呂も覗きません」
「下着でうろつくと寧ろ怒られるもんね」
「ちんこ付いてんのかと思って昨夜、布団に潜り込んだのですが、フニャフニャですが付いてました」
え、ちょ、お前。
「ちょっとタマちゃん、聞いてないよ!」
「あれは果たして使い物になるのかと──」
なるわっ!
ていうか……父さん、母さん。
たぶん笑って聞いてると思うけど、まあこんな二人だけど、守ってやってくれ。
俺はコイツらとずっと──
「──きっと、あなた達が優しすぎる子に育てたんですね」
え?
「あなた達の家は、私達を優しく迎え入れてくれました」
いったい何を……?
「綺麗に掃除された部屋から始まり、洋式に改装されたトイレ、生理用品や生理痛の薬まで用意してありました」
……。
「正直、どんだけ私達を好きやねん、と心配ですが」
うっせーよ!
「でもご安心ください」
「お任せを」
お前らが言うな!
「必ずや、元気な孫をお見せします」
「二人で最低四人は欲しいね」
お前ら……。
「どんな時も寄り添って、私達が息子さんを幸せにします」
「こーすけ君を大切にします」
……ちっくしょ。
「だから、」
「お父さん、お母さん」
……父さん、母さん。
「私達を、見守っていてください」
「よろしくお願いします」
やっぱり、笑顔しかないよな?
でも、コイツらといると、泣けるくらい嬉しいことも沢山あって──って、言うまでもないか……。
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