第8話 呼び戻される

「私では、あなた方の要望に応えられません。申し訳ありませんが、ここで辞めさせて頂きます」

 突然辞めると言い出す新入り魔術師ソーサラー。その手には、脱出用の転移の巻物スクロールを取り出していた。

「待てやゴルァ! 自分独りだけ逃げようたぁ、いい度胸してンじゃねぇか。違約金タップリ請求すんぞ!」

 語気を荒くして制止する勇士ローム。しかしそんな脅しなど意に介さず、新入り魔術師ソーサラー巻物スクロールを広げる。

「ええ、どうぞご勝手に。死ぬよりマシですから」

 転移の準備をする魔術師ソーサラー。だがその動作を制止する勇士ロームの言葉は、今度は何か考えがあって止めているような調子になっていた。

「いや、ちょっと待て……。待て待て待て。少しでいい、時間をくれ。……そうかそれなら……」


 何か考え事をしながら、動きを止める勇士ローム。いぶかしむ魔術師ソーサラーを横に、ブツブツと独り言を言い始め、唐突に言葉を投げ掛ける。

「違約金に関してはチャラにしてやろうじゃねぇか。その代わり、ひとつ依頼を聞いて欲しい。なに、簡単な事さ。人を一人呼んできてくれ。


──────



「今さらアイツが助けに来てくれるとでも? こちらから見限ったのに? それは虫が良すぎるだろ。今ならまだ引き返せる。戻ろう!」

 重戦士ヘヴィウォリアーのマツハの説得にも耳を貸さず、勇士ロームはその場に座り込み、持っている剣を松明たいまつの明かりにかざす。

「黙ってろ! この依頼は何としてでもこなす!」

 強気な言葉とは裏腹に、その剣はあちこちに刃こぼれが見受けられ、血糊で曇っていた。レクアが抜けてから、手入れを全くしていなかったからだ。

「くそっ……。どうしてこうなっちまったんだよ……」

 ロームの言葉だけが、むなしく響いていた。



──────



 チョキン チョキン

 僕は地道に、茶摘みに精を出していた。そろそろひとつ目のカゴがいっぱいになる頃だったろうか。僕の事を呼び止める茶園の係員の声があった。

「おーい、レクアさーん。お前さんにお客さんだでー」

「お客さん? 誰だろう……?」

 とりあえずカゴと鋏をその場に置き、製茶所のある建物に戻る。そこには、黒のローブを纏った壮年の男性が立っていた。僕よりも一回り年齢は上だろうか。やはり見覚えは無い。


「あなたがレクアさん? やっと見つけましたよ。まさかこんな所にいるなんて」

 黒いローブの男は、疲れた声を出して僕に言った。

「あの……。どちら様?」

 僕の問いかけに答える前に、巻物スクロールを取り出し僕に渡そうと前に差し出す。

「勇士ロームのチームに新しく入った魔術師ソーサラー、と言えばわかるかな? ここに来た理由も」

 その言葉だけでピンと来た。

「勇士ロームは、あなたに戻ってくるように言っていました。そして現在、地下迷宮ダンジョンの最深奥であなたを待っています。行ってあげて下さい」

 僕は思わず天井を見上げて肩をすくめた。何だってクビになった僕を、今更ながら戻そうと言うのか。

地下迷宮ダンジョンボスは目の前です。このまま勇士ロームは進むつもりです。そうすれば確実に死ぬでしょう。あなただけが助けられます。この件が終わったら仲間に戻してもいいと、勇士ロームは言っています」

 おそらく嘘だろう。使うだけ使って捨てるだけ。そんな事が透けて見えるようだった。


 しかし、僕は少しだけ頭の中を整理して考えてから、巻物スクロールを受け取る。

「わかりました。行きましょう」




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