第6話 茶摘み

 ノナルデカン台地の南半分は、中央大陸の南側から突き出ていて半島になっている。海に囲まれた南側では、南の海から吹き上がってくる季節風が台地のふちの斜面を駆け上がり、水分を含んだ空気が冷やされてきりとなり、台地の南半分を覆う。

 その霧が適度に日光をさえぎってくれるので、より品質の良い茶樹を育ててくれるのだ。日中と朝晩の寒暖差も、茶樹には最適だ。ここで収穫される茶は、ユースフェル王国の、主たる交易品のひとつになっている。


 現在、僕はその茶を栽培している茶園にお邪魔して、茶摘みの手伝いの仕事をしている。実は、以前にもここで働かせてもらっているので、要領はよくわかっている。駆け出しのギルドメンバーとして独りで活動していた頃は、よくお世話になった所だ。


 手にしているのは、持ち手は大きく刃渡りは小さい『剪定鋏せんていばさみ』。これを使い、樹木からちょこんと出てきている新芽、そこから数えて二番目の葉の下を剪定鋏で切り取り、摘み取るのだ。

 茶樹はドーム型に剪定されており、そのあちこちから新芽が出てきている。全ては取らず一割ほどを残して摘み取って行く。こうする事で、茶樹を弱らせずに次の季節にも収穫できるようにするのが、この地方のやり方だ。


チョキン。チョキン。


 リズミカルに剪定鋏を動かし、新芽を摘み取る。そこに声がかかる。

「おおーい。そろそろ夕飯の時間やぞー。切り上げて終わりにすんべぇー」

 空を見上げると、オレンジ色に焼けた空が西に広がり、雲も鮮やかさを増していた。夢中になって茶摘みをしてて、時間を忘れていたようだ。

「はーい。今行きまーす」

 茶の新芽がいっぱいに入ったカゴを二つ抱えて、製茶所のある建物に戻っていく。他の面々も同様だ。そこで茶葉の品質を観て換金してくれる係員に、そのカゴを預けるのだ。カゴに無造作に手を突っ込み新芽を掴み取り、色・香り・虫食いなどを診断する。これが値段の判定材料になる。

「レクアくん、イイ茶葉を摘むようになったよな。こりゃ良質だわ。じゃ、今日の報酬は……このくらいやね」

 無造作に札束を三つ、僕の方に放り投げる。その辺りはどんぶり勘定だ。


 このユースフェル王国では、金・銀・銅といった貴金属の鉱脈は発見されていない。そのため、それら貴金属を使った貨幣は希少品だ。それらの貨幣は、もっぱら他国との交易に使われるか、鋳潰いつぶして装飾品になるか。庶民にはあまり流通しない。そのため、よく使われるのは紙を使った紙幣だ。それさえもかさ張るため、今は国家で『銀行』の制度が確立され、金銭は銀行を経由して取引されているのが実情なのだ。





 仕事が終わり建物の中に入ると、かまどの上に鍋が置かれ、お湯が沸かされていた。仕事終わりの一杯という事で、お茶が振る舞われるのだ。鍋は人の頭がスッポリ入ってまだ余るほどの大きさで、その中ではグラグラと大量のお湯が踊っている。

 そこに入れるのは、交易品として他国に輸出できない、選別で弾かれた規格外のクズ茶葉だ。しかし一級品の茶葉の一部である事には変わりない。沸き立つお湯の中で舞い踊る茶葉からは、琥珀色の成分がじんわりと抽出されて行く。

 そこに今朝搾ったヤギの乳を投下し、かき混ぜてミルクティーにする。乳の甘さだけで充分に美味しい茶になるのだ。

 後はしながら素焼きのカップに注ぎ、労働者各自が取って行く。僕もカップを摘まみ上げる。


 一口飲むだけで、美味しさが舌に伝わり、労働で疲れた身体に染みわたる。イヤな気分すら吹き飛ばす、良薬の味わいだ。

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