星が握る命運F

祭影圭介

星が握る命運F

 何万の軍勢が、長い崖の周りを取り囲んでいた。

 包囲は朝から五時間ほど続いていたが、ついにそれが動き出した。

 戦闘開始の合図の笛が鳴る。

 銅鑼がうるさく鳴り響き、槍や剣を構えた数万の兵士達が雄叫びを上げながら、勇ましく進軍を開始した。

 大地が震え地響きと共に十体のゴーレムが次々と姿を現し、砂煙をあげながら急斜面に迫る。

 岩壁の方からは何の抵抗もないように思われた。

 だがそのとき、断崖の上に一人の少女が姿を現した。

 白いベールを被り、白いワンピースの胸元は、高位の聖職者が身に着けるような豪華な刺繍が赤と金の糸で施され、赤い靴を履いている。

 神に使える神官(シスター)のような格好だ。

 首にはルビーで出来た竪琴の形の像を下げている。

 年齢は十四歳ぐらい。

 顔にはまだ幼さが残り、やや緊張しているのか神妙な面持ちだった。

 彼女は落ち着いた様子で、丸い石板を胸の前に持ち、片手を高らかに上げて叫んだ。

「我が命運を奏でし、琴座の星よ!」

 青白い光が天に向かって伸びた。

 少女の髪や衣服が、下から風を受けているように浮かぶ。

 眩い光と共に、神々しい輝きを発する竪琴が降ってきて、吸いこまれるように彼女の手に収まった。

 そのまま小さくて可愛らしい両手で、曲を弾き始める。

 少女の綺麗な指が弦を弾く度に、戦場に似合わない優雅な旋律を奏でた。

 兵士達は槍や剣を落とし、その場にうずくまったり、なぜか突然ふらふらと踊りはじめたり、倒れる者もいた。

 混乱しているようだ。 

 ゴーレムも制御を失い、徐々に崩れていった。

 続いて、同じような青白い光が、別の方向から上がる。

 大空から光り輝く巨大な白鳥が、翼を美しく羽ばたかせながらやってきた。


 アルタイルは大きな岩陰に身を潜めた。

 茶色のローブで全身を隠し、目立たない格好をしている。

 年齢は一六歳、身長は一七〇センチ。

 体つきはまあまあ逞しい方で、首にはクリスタルで作られた鷲の像が煌(きら)めいている。

 麻袋を一つ背負っていて、右の腰には水筒、左の腰には剣をさしていた。

 彼は岩に背を預けて、地面に座り込んだ。汗が額を流れ、背中から噴き出してきて、衣服が肌に纏わり付いて不快だ。

 周囲に敵兵の姿は無し。

 なんとか戦闘開始には間に合った。

 太陽がちりちりと照りつける午後――

 これからブランネット・ノルマン神聖帝国軍との戦闘が行われようとしていた。

 うまくできるだろうかとドキドキする。

 軍事力では圧倒的に敵の方が上だが、仲間達のためにもなんとしても勝たなくてはならない。

 彼がいる場所は広大な平原から少し離れた丘の上だった。

 平原全体をよく見渡せる場所だ。

 丘の下では仲間が数人見張っている。

 突如、遠方から笛の音が聞こえ、雄叫びと銅鑼が鳴り響いた。

 始まった!

 崖の方に十分引きつけてから反撃することになっているが、何か見落としていないか――?

 何度も頭の中で確認する。

 兵の数が敵の方が多いのはもちろんのこと、投石器などの大型兵器が数台持ち込まれ、さらに向こうには多数の魔術師がいる。

 一つでも狂うと戦況は簡単にひっくり返されるだろう。

 全く油断できない……。

 ほどなく聞き慣れた心地良いハープの音色が響き渡ってきた。

 ベガの琴だ。

 美しい旋律だが、いつもの宴や休息しているときのように、聞き入っている余裕はない。

 そろそろデネブが、白鳥を呼び出している頃か――

 アルタイルは岩陰から少し身を乗り出して、状況を確認した。

 土砂が崩れた塊が十個ほどあって、兵士達は前に進もうとせず、酔っぱらいのように足元も覚束ない。

 敵軍は戦闘を継続できる状態にないように思えた。

 しかし、崩れたはずの土砂が、徐々に形を取り戻しつつあった。

 一部の魔術師を防衛に回し、琴の音に干渉されないようにしているのだろう。

 空を悠々と舞っていた巨大な白鳥がそれに気付き、半分ぐらい姿を現したそれの一体の上に、ほぼ真上から降りていった。

 勢いよく体当たりをするようにぶつかる。

 グシャッと押し潰れる音がした。

 再び白鳥が、優雅に空に舞い上がる。

 だがその間に六体のゴーレムが復活していた。

 ゴーレム達が投石器用の大小様々な岩を持ち、白鳥に向かって次々と投げつける。

 何個か飛んできたうちの一つが足に当たったらしい。

 グルワアアァァ!

 白鳥が怒りの鳴き声を発する。

 目が鋭く赤く光り、胴や翼がみるみる黒く変わり、黒鳥へと姿を変えた。

 ブラックスワンだ。

 怒り狂った巨大な黒鳥は、地上に降りた後、威嚇するように翼を大きく広げ、蹴ったり突ついたり大暴れしている。

 黒鳥をゴーレム達が取り囲もうとするが間を擦り抜けたり、飛んだりして躱し、岩を投げつけられても逆に自分から体当たりして粉砕している。

 だいぶ優勢のように見えるが、さすがに五倍以上の戦力差では勝てないか――

 アルタイルは鷲の模様が描かれた丸い石板を袋から出して胸の前に持ち、片手を高らかに上げて叫んだ。

「我が命運を握りし金色の鷲よ!」

 青白い光が頭上に向かって伸びた。

 大きな金色の鷲が天空から飛来し、戦場を舞う。

 空に鷲、琴、白鳥の3つの星座が輝く。

 青白い光が三つの星座の星を結んで夏の大三角を作り、ゴーレムもろとも数万の軍勢を殲滅した。


 星が美しく見える夜、テントとテントの間からは虫の鳴き声が聞こえ、目立たないようにひっそりと松明が灯されていた。

 人里離れた山間部の野営地には、テントがいくつも張られていた。

 アルタイル達、星の民が故郷を追われて潜んでいる場所だった。

 彼は長老達が議論している大きなテントの脇で、聞き耳を立てていた。

 神聖帝国軍との初の大規模な戦闘は大勝利したものの、長老達の会議は揉めに揉めていた。

「故郷の地を追われた今、新大陸を求め流れる星のように我らもまた流浪するか」

「帝国は星座盤を差し出せば、生命は保証すると言っておる」

「我らに誇りを捨てろというのか!? それに奴らが約束を守るとは限りるまい。武器を取り上げた後で、皆殺しにされるかもしれんぞ!」

「降伏勧告を拒否してしまったので今更、やつらの軍門に下るのも癪じゃのう」

「病気がちの者や、足腰が弱くなっている人のことも考えて! 運良く船に乗り大陸を離れられたとしても、無事に新天地に着くかわからないし、それまでに帝国軍の追撃をかわしながら何か月、何年もの流浪の旅に耐えられるか――」

 どうやら大きく二つの意見に割れているようだ。

 完全なる自由を求め遠くに逃れるということを獅子座や鷲座、白鳥座など、力のある星が主張している。

 一方、琴座や乙女座など、力が無いサポート系が主張しているのは、帝国の支配下に入ることだった。

 老人や病気がちの者もいるので、いつまで続くかわからない流浪の旅は、現実的ではないというのはもっともだ。

 これから先どうなるんだろう――

 日々穏やかに暮らしていた村が、いきなり帝国軍の襲撃にあって破壊され、散り散りになりながら逃げた。

 未だにはぐれたままの仲間もいるし、もしかしたら捕らえられた者もいるかもしれない。

 なんとかここまで生き延びてきて、既に一か月が経過しようとしていた。

 田畑が無く家畜もいないので、できることは木の実を集め、獣や小動物、鳥などを獲ってくることぐらいだった。

 もちろん、それでは足りないので近くの集落に、こっそり食料や薬草・薬品などを買いに行っている。

 革製品や乳製品を作って売るなどの営みが出来ないため、このままでは数か月のうちに資金が枯渇するだろう。

 手っ取り早く大金を稼ぐには、船に乗り遠い国の戦場に赴いて、傭兵にでもなるか――

 今のままでは、未来は暗い……。

「夏の大三角は、温存しといたほうが良かったんじゃないの?」

 背後からいきなり声を掛けられて、アルタイルはびくっと振り向いた。

 そこにいたのは、乙女座を操るスピカだった。

 利発そうな少女で、身長は一五八センチ、年齢はアルタイルと同じぐらい。

 小顔だがぱっちり開いた大きな目と、唇は悪戯っぽく笑みを浮かべていて、ショートヘアがよく似合う。

 髪の後ろは、青い長いリボンで結んでいて、白いマントを羽織り、青いショートパンツを履いている。太腿を露にして、膝から下は網タイツに短い靴と、動きやすそうな服装だ。

 ネックレスをしており、銀で出来た乙女の像がよく似合う。

 彼女の星座の力は傷ついた者を治癒する能力を持っていて、普段は病人や老人の面倒を看ている。

 そして今回は、星の力を継いでいないが戦闘に参加し、手傷を負った兄弟達を主に癒していた。

「戦闘のことはよくわからないけど」

「なんだ……スピカか」

 アルタイルは安堵の声を漏らした。

「なんだはないでしょう」 

 スピカが、むっとした表情で頬を膨らませる。 

「獅子座など、他の星座の力もあったら確実だっただろうが、一気に殲滅して敵の戦意を挫きたいという思惑があったんだろう。星の力は一日に一時間ほどしか呼び出せない。魔術師が次々と対抗策を出して来れば、長くなればなるほどこちらが不利だ。俺らも実戦経験はそんなに無いんだし――」

 なるほど……と、スピカは頷く。

「まあ夏の大三角が一週間ほど使えなくなっても、あたし達春の部族がいるから大丈夫! 安心して」

 星の民は、春夏秋冬の四部族から成り立っていた。そのうち秋と冬の部族が、一か月経った現在でも行方不明となっていた。

 全員、無事だといいのだが――

「スピカ様、アルタイル様こちらにいらしたのですね」

 彼らの元にやってきたのは、琴座の力を操るベガだった。

 身長は一五五センチ。

 素直で純心な性格で、今回の戦闘では大活躍し、勝利に導いた立役者だ。

 二人からすると妹のような存在で、他の仲間からも愛されていた。

「アルタイルが盗み聞きしてたから咎めてたの」

「まあ……」

 ベガが驚いて、開いた口を手で隠していた。そのまま視線をアルタイルの方に向ける。

「真に受けるな!」

 スピカが面白そうに笑いながら聞いた。

「長老達はどんな感じなの?」

「今後どうするかを考えてる……。それも大事だが、離れ離れになった仲間探すのも重要かなぁ――、俺としては」

 二人とも、うんうんと頷いていた。

 彼女達も、一族の仲間のことが気になっているようだ。

「俺ともう一人か二人ぐらい連れて、探しに行きたいところだが……」

 彼は誰か適任者はいないかと考えながら、周囲を見回した。

「アルタイル様、私が――」

 ベガが申し出た。

「この三人で行ければ、一番バランスがいいんだろうが、帝国軍の大軍勢がまたすぐ押し寄せてきたときに、琴座の力が無いと分かってしまうと非常にまずい。敵もある程度、対策はしてくるだろうが……」

「じゃあ、あたしが行く。幸い今回の戦闘では、奇跡的に重傷者は無し。負傷者もそんなに出なかったし、もう処置も終えたから」

「お前がいなくなると春の大三角が使えないじゃないか。今は防衛の要なんだし――」

「カラス座など他の鳥の星座を操る人が、連絡役を務めてくれれば大丈夫でしょ。戦闘が始まれば急いでこちらに戻る」

「そうは言ってもなぁ――」

「スピカ様がいらっしゃらないと、何かあった時心配です……」

 彼女の言う通りだ。

 ベガは戦闘になればすぐ必要で、スピカは負傷者が出るまで出番なし。

 しかし、強力な秘儀、春の大三角の担い手であり、いざというときいないのも困る……。

 アルタイルは非常に迷っていた。

「敵の援軍が来て再び攻めてくるまで、一週間ぐらいかかるんじゃないかと思うから、大丈夫だとは思うんだが――」

 彼は難しい顔をして腕を組みながら、うーん……と唸っていた。。

「せっかく見つけ出して会えても、負傷者がいて移動できないかもしれないでしょう。全員無事ならいいけど、重体の人がいれば移動できない。放置して帰ってくるの? その間に誰か亡くなったらどうするの? もう一回行き来してる間に、敵に発見されるかもしれない。二度手間でしょう」

「あ~! もう、わかった。一緒に連れて行けばいいんだろう。しょうがねーなぁ~」

 アルタイルが、スピカの熱意に負ける形となって、とうとう折れた。

「念のため、デネブ様に相談されてみては?」

 ベガの提案に、そうしようと二人が頷く。

 彼らは、まず若手のリーダー格であるデネブに相談することにした。

 白鳥座を操る強く美しい女性だ。

 スタイルが良く、男女どちらからも憧れの対象だ。

 怒ると星獣と同じく、とても狂暴だが――

 彼らの案はデネブに受け入れられ、長老達を彼女が説得し、それからアルタイル達は翌朝に出発したのだった。


 ベガや一部の仲間に見送られ、長老達から僅かな金を貰い、一週間という短い旅に出たアルタイル達だったが、何の手掛かりも無く、どう探していくか二人で考えた結果、近くの村から聞き込みをしていくことにした。

 彼らが隠れている山間部は、まだそんなに帝国の支配の影響が及んでいない地域だが、内通者や敵の斥候がどこに潜んでいるかもわからないので、星の民とわからないよう星座盤を袋の中に隠して、行動していた。

 長老達の話し合いでは、全部族が揃えば対抗できる力も十分あるので、神聖帝国には服従せずに、独自の道を探る方針のようだ。

 ひょっとしたら新大陸を求めて流浪しなくとも、税を負担したり軍役などに駆り出されたりするかもしれないが、一定の条件で自治を認めさせることができるかもしれない。

 逆に対抗できるだけの力が無ければ、都合の良いように飲み込まれるだけだろう。

 全面対決は、あくまで最後の手段だった。

 どちらにしろ、一人でも多くの仲間を見つけたい――

 そう思いながらアルタイルは探していたのだが、三日が過ぎても、四日が過ぎても何の情報も得られなかった。

 途中、怪しい男が食料を盗んでいったという話を聞き、隠れ家を突き止め追い詰めたが、秋の部族の一員じゃないかと思っていた人物とは全くの別人で、空振りに終わった。

 星の力を使えば、天に向かって眩い光が伸びるので、必ず誰か気付くと思うのだが――

 近くで戦闘が行われたという形跡も、目撃情報も無かった。

 一体どこに潜んでいるのだろうか?

 それとも帝国軍に捕らえられているなど、無駄なことをしているのだろうか……。

 五日が過ぎて、手元にある金もだんだん少なくなってきた。

 なるべく野宿などで済ませているのだが、帰り道のことを考えると、そろそろ引き返さなければならない。

 もし、今日何も行方が掴めなかったら、仕方無く長老達の元に戻ろうかと話していたところだった。

しかし―― 

 本日、立ち寄った村で、妙な噂がちょこちょこと耳に入るようになってきた。

 村人ではなく、宿屋や酒場で休んでいる旅人から話を聞くと、鳥の石像がいつの間にか、山道の各所に置かれているようになったという。

 小川や池などの水辺、橋、畑の中や分かれ道がある場所、見晴らしの良い高台、岩の上や崖、他にも平たい家屋の上など、全部で十体ぐらいはありそうだ。

 前は無かったと彼らは口を揃える。

 誰が何の目的のために置いたのかは、わからない――。

 しかもある旅人は、その像の近くで野宿したのに、朝になったら無くなっていたそうだ。

 さらに毎日山道を行き来しているが、最初に見たところに無く、移動しているんじゃないかと言い出す者までいた。

 明らかに帝国軍と何か関係ありそうだ。魔術師によるトラップが仕掛けられている。

 問題はそれが自分達を追っているのか、それとも別の仲間が潜んでいて、居場所を探り出そうとしているのか―― 

 最後に、ぼろぼろのローブを纏い、口元を布で隠した十六歳ぐらいの少年が、いきなり山道から出てきて、薬草や薬品を買っていったという行商人に出会った。

 ここの村人では無さそうで、数日前は保存の利く食料を買いに来たそうだ。

 間違いない!

 この近くにいる!!

 アルタイル達は、そう確信したのだった。


「ガーゴイルじゃないか、これ?」

 木々に囲まれた、馬車一台ほどが通れる緩やかな登り坂の山道が、左右二つに分かれていた。

 行き先の案内板が無い代わりに、大きな鳥の石像が置いてある。

 一メートルぐらいの高さで、獅子のような怖い顔に、鋭い爪を持った太く逞しい四本の脚が前に伸び、巨大な翼が生えていた。

 森の入口を守る門番という感じで、風景に溶け込んでいて、不思議と違和感は無かった。

 アルタイルは石像を、上から下からじろじろと眺めたり、後ろに回り込んで調べたりしていた。

「目光ったり、動いたりしないよな?」

 スピカが恐る恐る手を伸ばして頭を撫でる。

 何も起こらない。

 午後、昼食を取ってから村を出たアルタイル達は、分かれ道に来ると旅人達が噂していた鳥の石像を見つけた。

 近くに魔術師が潜んでいたりして、戦闘になるかと警戒していたのだが、今のところその心配は無さそうだ。

「剣で斬れないか試してみようかな」

「ちょっと! やめなさいよ」

 スピカが慌てて止める。

「じゃあ蹴りでも入れてみようかな」

「あっ」

 アルタイルが足で軽く突いた。

 すると突如、どこか悲しげな犬の遠吠えが響き渡った。

 びっくりした二人が、石像からちょっと後ずさって、声のした方向に顔を向けると、森の奥で青白い一筋の光が天に向かって輝いていた。


「あれだ! 見えたぞ!」

 アルタイル達は、枝葉をガサガサとかき分けながら、奥へ奥へと急いだ。

 大きな地響きが数回起こった後、何か爆発するような音や激しくぶつかり合うような音がする。

 深く薄暗い森の中、カラスの集団のような不気味な黒い塊が、空中を素早く上下左右に動いていた。

 それは、翼を広げ赤い目を光らせた、三十体あまりのガーゴイルの群れだった。

 地上にいる二体の獲物――、オリオンとおおいぬを狙っている。

 冬の部族達が戦っている!

 最初に青い光を見てから、四十分ぐらいかかってしまった。意外と遠かった。

 大丈夫だろうか!?

 樹の幹の上から、獅子の毛皮を纏い棍棒を持ったオリオンが、勇ましく高く跳躍する。

 ガーゴイルを棍棒で一体叩き落とした。

 しかし着地した瞬間、後頭部を蹴られてよろけるオリオン。

 棍棒を杖代わりにして、なんとか体を支えた。

 周りには数体のガーゴイルの残骸が地に落ちている。

 だが敵の攻撃は激しく執拗だった。

 間髪入れずに四方八方から取り囲んで、袋叩きにしようとしている。

 オリオンは、かろうじてその輪の中から抜け出し、態勢を整えた。

 術者のベテルギウスの姿が見えなかったが、戦上手なのでどこかに隠れながら戦っているのだろう。

 一方、光り輝くおおいぬは、地面に四本の脚をつけて、低い声で唸っていた。

 牙や爪は鋭いが、噛みつこうとしても、そもそも届かない。

 ガーゴイル達は、おおいぬが届かない高さを飛んでいて、なかなか下に降りてこようとしなかった。

 オリオンと違って、木に登れないので不利だ。

 両星座とも、空を自在に飛び回るガーゴイルに、苦戦を強いられていた。

 その後方に、おおいぬを操るシリウスの姿があった。

 普段は青白く美しいローブを着ているが、今はあちこちに土が付いて汚れた深い緑色のローブに身を包んでいる。

 フードを被っているので、いま顔や表情はよく分からないが、いつもは前髪を左の方に多く流している。

 スマートな体型で、アルタイルより少々背は高く、年齢は同じぐらいだ。

 腕には、おおいぬの星座を金で模ったブレスレットをつけている。

 性格は、妹想いで面倒見が良く優しい。

 やや優柔不断なところがあり、非情になりきれないところは彼の長所でもあり、欠点でもあった。

 ただ平時は寛容で抑えている分、怒りが我慢の限界を超えて頂点に達すると物凄く怖い――。

 武芸の方は、剣はやや苦手のようだが、足は速かった。

 彼は星座盤を持っていない方の手で剣を振るい、襲ってくるガーゴイルになんとか抵抗していた。

 だが衣服は破れ、引き裂かれた皮膚が露わになり、肩や腕、足から血が流れている。

 敵はおおいぬとシリウスを分断し、シリウスを主な攻撃対象としているようだった。

 剣を捨てれば、自分の身体が敵の直接的な攻撃に晒される。

 一方、星座盤を手放せば、ガーゴイルが殺到してきて、数で押し切られるだろう。

 オリオンも助けに来ている余裕がない。

 かなり追い詰められている状態だ。

「我が命運を握りし金色の鷲よ!」

 アルタイルは、星座盤を手に叫んだ。

 青白い光が、頭上に向かって伸びる。

 大きな金色の鷲が鳴き声を発しながら現れ、森の上空で凛々しく羽ばたいた。

「大丈夫か!?」

 金色の鷲が、シリウスの周りの敵を追い払う。

 アルタイル達は、彼のところに駆け寄った。スピカも短剣を抜いて構える。

「アルか! 助かった……。スピカも来てくれたんだな!」

「他の人達は、全員無事なのか!?」

 ああ……、と彼はやや曖昧気味に頷く。

 腕の比較的大きな傷口を押さえていて、息が上がり、顔や首の周りはすごい汗をかいていた。

「もちろん全然、大丈夫だと言いたいところだが、今の戦闘で、妹が――」

「どこにいるの!?」

 スピカが、ガーゴイルの体当たりを防ぎながら聞いた。

「奥の方に洞穴があるんだが、少々わかりにくい」

 シリウスが、さらに森の奥の方向を指さして説明しようとする。

「お前ら早く行け!! ここは俺とオリオンでもたせる!」

 アルタイルが二人を守るように前に出た。

 シリウスは迷っているようで、彼の方に顔を向けた。

 二人の目が合う。

 アルタイルは、任せろ! というように力強く頷いた。

 スピカが「さあ、早く!」と促す。

 シリウスは決心したようで、おおいぬを天に還し、武器をしまって、こっちだと走り出した。

 アルタイルは二人の様子を横目で追いながら、剣を抜く。

 途中、シリウスは振り返り、再び目を合わせた。

 頼んだ――

 彼の表情は、そう言っているように見えた。


 金色の鷲は高く飛翔した後、急降下の勢いでガーゴイルを二体まとめて粉砕した。

 再び大空へと舞い上がる際、鋭い爪で一体を掴み、嘴で突いて翼に穴を開ける。敵は激しく暴れて抵抗し大鷲の元から離れたが、上手く飛べなくなったようで、きりもみしながら地上へと落ちていった。

 シリウス達が去り、おおいぬのところに群がっていた敵が、アルタイルに集中する。

 どうにかして凌いでいるが、彼らがいなくなってから、時間がすごく長く感じられた。 

 五分か、十分か、いや……もっと経っているだろうか。

 敵はまだ二十体以上は残っている。

 多勢に無勢、数が多すぎる!

 操っているのは、三~五人ぐらいの魔術師か。

 うまく隠れているようで、この状況では探しにもいけない。

 これ以上戦闘が長引けば、オリオンは天に返さないといけなくなり、冬の大三角が行使できなくなる。

 二体のガーゴイルが咆え、左右から立て続けに襲ってきた。

 アルタイルが剣と星座盤を盾にして上手く追い払う。

 だがさらに木の陰から一体が飛び出してきて、防ごうとしたが腕に思いっきり当たった。

 ガン! 

 つっ――

 アルタイルが顔を顰め、痛みで呻く。

 腕から赤い筋がすーっと伸びていった。

 だが気にかけている余裕が無い。

 出血を止めようにも両手が塞がっているし、死ぬような量でもないだろうが、鈍い痛みが残っている。

 岩が当たったようなものだ。

 こいつら本当に水の精霊かよ! 

 魔術のことはよくわからないけど――

 アルタイルもシリウスと同じく息が上がり、額や首筋など汗を大量にかいていて、疲れで動きがやや落ちてきているようだ。

 スピカ、早くしてくれ!

 敵の攻撃が止まり、気を抜いて星座盤を縦に地面に置いて少し休もうとした。

 その瞬間!

 何か気配がしてアルタイルが頭上を見上げると、一メートル程の高さに、黒い大きな塊が五つほどあった。

 ガーゴイルだ。

 まとめて降ってきた。

 しまっ――

 すぐに状況を飲み込んで逃げようと足を動かすが、影がどんどん近づいてくる。

 避けられない!

 潰される! 

 死を覚悟する。

 ガーゴイルと三十センチほどの黒い隙間に、青白い光が差し込んだ。

 猛獣のような吠える声が聞こえてくる。

 僅か十センチほどの頭上を、勢い激しく何かが横から突っ込んできた。

 ガーゴイル二体が断末魔をあげながら消滅し、三体が地面の上を派手な音を立てながら転がる。

 二体の星獣が、アルタイルを守るように姿を現した。

 それは、光り輝くおおいぬとこいぬだった。大地に足をしっかりとつけて、どちらも自信に漲った頼もしい表情をしている。

「危ないとこだったな」

 アルタイルが振り向くと、シリウスとスピカが姿を現した。

「お星さまになったら、さすがのあたしでも治せないよ」

「待たせたな。借りは返す! 下がってお前もスピカに治してもらえ!」

 シリウスが前に出て、おおいぬに指示を飛ばす。

 それに応えるように威勢良く吠えていた。

 こいぬの方は木に登り、空中のガーゴイルへとジャンプして掴みかかった。

 術者の姿は見えない。

 どこかに上手く隠れているのだろう。

 アルタイルは剣を収め傷口を押さえながら、スピカと共に後方に下がり、樹木の中に身を隠した。

 それから二匹の星獣が一斉に吠える。

 オリオンへの合図だろう。

 青白い光が天から降ってきて、視界いっぱいに広がった。

 オリオン、おおいぬ、こいぬ。

 夕空に冬の大三角が神々しく輝き、全ての敵を殲滅したのだった。

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