第26話 第四章『球技大会』tip off

球技大会当日、凪咲達のクラスは他クラスに比べて異様な熱気に包まれていた。

クラスメイトの表情から、その気合いの入りようが窺える。


本来、球技大会は他クラスや学年との交流目的で行われる行事で、所謂レクリエーションな部分が強く、こぞって勝ちを競い合うものではない。

だが、そのためか何年か前の代までは生徒の意欲があまりに薄く、出席率も芳しくなかったらしい。

そこで、近年では、競技毎に優勝したクラスには、副賞としてジュース全員分が贈られる。凪咲のクラスには、拓海や夏澄といった部活の大会で全国でも活躍している選手もいるので、本気で優勝を狙いにいこうというわけだ。


ホームルームを済ませ、それぞれ自分達の競技場所であるグラウンドと体育館に散っていく。

いつもスーツ姿の沙由里も、今日はジャージを着ていた。レアな姿の沙由里ちゃんということで、ホームルーム中は鼻の下を伸ばしている男子がしばしばいたが、「みんな、がんばってね」という沙由里の女神のような笑顔に加えて、「あ、それと、あとで保健の新橋亜希子先生も応援に来てくれます」という締めに放った一言が起爆剤となり、教室中に雄叫び(主に男子の)が上がった。


バスケの試合に参加する凪咲は、夏澄と玲夏と共に体育館に移動する。

四つあるコートを男女で分けて進行する。凪咲は女子側のコートの壁際で待機しながら、境界に張られた網ネット越しにクラスの男子のいる方に目を見やる。そのチームの輪の中に、空の姿はなかった。

今日は学校に来ないかもしれないと心配していたが、今朝、凪咲が登校すると、すでに空は教室の自分の席に座っていた。一安心したが、昨日のこともあって、声を掛けることはできなかった。ホームルーム中も後ろの席を振り返ることができず、今日はまだ彼と一言も話してはいなかった。

やはり、試合には出てくれないのだろうか、という不安の面持ちで男子側のコートを眺めていると、途中、凪咲に気づいた拓海と目が合った。彼は一瞬驚いたように動きを止めるも、すぐにいつものように微笑んで手を振ってきた。その顔が少し赤かったので、手を振り返しながら、つられて凪咲の顔も赤くなっていた。


――もし俺達のクラスが優勝したらさ、今度の『七夕祭り』、俺と一緒に行ってよ


そう言ってきた拓海の顔を思い出す。

昨日は結局、ちゃんとした返事もせずにあやふやなままで解散してしまったが、あれは、やはりそういうことなのだろうか。少なくともあのときの拓海の表情は、気軽にクラスメイトを誘ったというような表情ではなかったと思う。ましてや、拓海は今日までに数多くの女子達からの誘いを断ってきたのだから、その上であらためて別の女子を誘うことは、彼ならばしないと思った。

それこそ、特別な相手でもない限りは。

そう考えたら、また顔が熱くなってきた。耐えきれず、反射的に目を逸らしてしまった。

もし仮に昨日の拓海の言葉が凪咲の思う通りのものだったなら、自分はどうするべきなのだろうか。

拓海の人気ぶりは知っているから、自分なんかが彼と釣り合うはずないことは分かっている。ただ、彼のことは嫌いではないし、むしろ尊敬している。そして、自分はつい最近、失恋したばかりだ。

けど、


――私は――……


「なーぎさ! どした? なにぼーっとしてんだよ?」

夏澄に肩を叩かれて、はっと我に返る。

「男子の方覗いちゃって。え、なに? もしかして、誰か応援したいヤツでもいんのー」

ムフフと顔をニヤつかせる夏澄だったが、直後に隣にいた玲夏が冷めた視線を向けると、

「夏澄、ふざけてる場合じゃないでしょ。女子の優勝はあんたの活躍にかかっているんだから」

「分かってるって! ちょっと凪咲にヘアゴム借りようと思っただけだよ。ってことで、いい? 凪咲。あたし今日忘れちゃってさ」

「あ、うん、もちろん」

凪咲は手にくくっていたヘアゴムを一本取ると、「ん」と背を向けた夏澄の後ろ髪を梳いて束ねる。

「凪咲のは、私が結ってあげるわ」

そう言って、玲夏は夏澄の髪を結っている凪咲の後ろから、凪咲の肩に触れる髪を優しく束ねていく。

「ありがとー! 玲夏ちゃん、髪梳くの上手だから、気持ちいいんだ」

肩越しに凪咲がお礼を言うと、玲夏は嬉しそうに微笑んだ。

「さてと。それじゃあ、行くとしようかね!」

パンッ、と夏澄が掌に拳を打ち鳴らして不敵に笑う。


間もなく凪咲達の試合が始まろうとしていた。
























×



――お前達に、俺の痛みがわかるはずない



当然だ。


お前が自分から歩み寄ろうとしないのだから。


それなのに、すべての繋がりを自分から断ち切れるほど、お前は強くはない。


お前は、お前に歩み寄ってきてくれる存在に、もう少し感謝すべきだ。


でなければお前は、最後の繋がりの糸さえ、自らの手で断ち切ることになる。


そうなれば、お前は今度こそ本当の孤独に身を置くことになるだろう。



お前がそれを心から望むのであれば、このままでいるべきだ。


だが――


そうでないのなら――


もし、その手を引いてほしいのなら――






――いい、お兄ちゃん? 明日一緒にテスト受ける人と、絶対に友達になってくること!


×

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