第9話 第二章『約束』 明日を……

昔の記憶が途切れたところで、波の音が聞こえてくる。


足下を波が掠うのを感じて目を開けると、満天の星空が凪咲の目に飛び込んできた。


「綺麗……」


と、数秒眺めてから、はっ、と先程までの出来事を思い出し、勢いよく身を起こす。


「朝海くんッ」


周囲を見まわす。

陽は完全に落ちて、辺りは暗くなっていた。

海岸には凪咲の他に人の気配はない。


あれから私、どうなったの? 

たしか朝海くんを見つけた途端、急に意識が遠くなって……そこからはよく覚えてない。


波打ち際で横たわっていた身体を起こし、立ち上がる。

目の前の真っ暗な海を眺める。さっきまでのオレンジ色の海とは違って、波の音が海の存在を主張していた。


意識が遠退く中で力強く空を抱きしめていた感覚が、凪咲の両腕にまだ残っていた。

感覚だけが残っていることに、凪咲はいやな寒気を感じ、身を震わせた。


気が気じゃなくなり、いますぐ海に向かって走り出そうとした瞬間、左手に熱を感じた。

正確には、左薬指に。


見ると、指輪が暗闇の中にあって、一際強く輝いていた。

まるで、揺らめく炎のように。


なぜか、空は無事である、と凪咲は思った。


根拠はない。

しかし、指輪のその輝きが、まるで空の命の炎であるように思えたのだ。


冷静になった頭でしばし指輪を見つめてから、だらんと力なく腕を振り下ろした。再び静寂な夜の海を見つめる。


――どう、して……


彼のしたこと、しようとしたことを思い出すと、どうしようもなく恐くて、悲しくなった。

心が抉られるようだった。


朝起きたら不思議な指輪を嵌めていて、待ち焦がれた人が学校に来て、その人が同じ指輪をしていた。


運命だと思った。

勝手に浮かれていた。


明日から素晴らしい日々がはじまるのだと、心を躍らせていた。


けど、彼は違ったのだ。

彼は、明日を見てなかった。


明日を、捨てようとしていた。


教室を出ていく彼に、どこか不安を感じていながら、私はなにもできなかった。


凪咲は指輪を抱きしめるように胸の前で両手で包み込む。

無力な自分に悔しさが募り、涙を零した。


彼は、明日も学校に来るだろうか。


いや、来てほしい。

もう一度、彼の姿をこの目で確かめなければ安心できない。


凪咲は砂浜に落ちていた買い物袋を拾い上げ、この場を後にした。

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