第15章 取り戻せ、本当の願い!
奇跡を起こしたい!
思い切り床に押し倒されて、したたかに背中を打つ。
けれど、それは予想していたような痛みじゃなかった。
おそるおそる、つむっていた目を開ける。
すると、そこには――
「うっ……」
肩に傷を負って、痛みをこらえながら、あたしの上におおいかぶさっているソル君がいた。
「ソル君!」
あたしが悲鳴を上げると、彼は苦しげにしながらも答えた。
「心配、するな。かすり傷だ」
肩を押さえながら、ソル君は立ち上がる。
平気そうなふりをしているけれど、息が荒い。
無理もないよね。だって、痛いに決まってるもん。
「ごめん、うちのせいで」
「謝るな。それより――」
ソル君が、何かを見るようにと、あごで上の階を示す。
そこに見えたのは、
「う……う、うう、あああっ」
頭を抱えて、苦しそうな呼吸をする陽にいだった。
どうしたんだろう。
何だか、様子がおかしい。
「陽にい? どうしたん? 苦しいの?」
「うううう……あああああ……」
おそるおそる問いかけるあたしの言葉に、気付いているのかいないのか。
うめく陽にいの周りを、少しずつ濃くなってきた黒い霧がうずまいている。
その色の濃さといったら、はやちゃんが【
「は、陽にい?」
どんどん、どんどん濃くなっていく霧。
それとともに、陽にいの顔色もだんだん悪くなっていって、うめき声はどんどん大きくなっていく。
そして、
「う、うああああああああああ!」
苦しげに叫んだ陽にいから、一気に黒い霧がふき出してくる。
陽にいの周りをぐるぐるとうずまいたそれは、ものすごい勢いで階段や床をはうようにして、一階へと流れていく。
そして、一階にいた白黒の鎧の騎士たちにまとわりついた、次の瞬間。
――ォ!
言葉にならないようなおたけびを上げた騎士たちは、なぜか、お互いを攻撃し始めた。
どうして?
さっきまで、一緒になって、あたしたちを襲ってきていたのに。
何が起こっているのか、全然分からない。
「何? どうなっとるん?」
「分からない。俺も、
とまどっているのは、ソル君も同じみたいだ。
騎士たちに攻撃しようと銃を構えながらも、眉をひそめて首をかしげている。
たった一人(?)、焦る様子さえ見せていないのが、陽にいの持つ遺産の声だった。
『ああ、素晴らしい! 素晴らしい物語だ、我が主! かつては、敵をうつためにと手を取り合っていた騎士たちが、今やたった一つの王の座をねらって剣を交える! 何と心おどる物語だろう!』
王の座をねらって。
ざらりとした響きを持つ、その言葉の意味するところは。
「まさか……!」
あたしの嫌な予感は、どうやら的中してしまったらしい。
さっきと同じように、弓を引きしぼる音がする。
次にその矢が向けられた先は、この現状を作り出しているであろう張本人――陽にい。
「陽にい!」
急いでかけだして、陽にいを思い切りつき飛ばす。
空気を切りさいて飛んできた矢は、ギリギリであたしと陽にいの間を通りぬけて、壁につきささった。
「よ、よかった……」
ほうっと息を吐いて、下にいる騎士たちをにらむ。
案の定、白と黒の金属鎧の集団は、陽にいをねらってか、少しずつ階段に近付き始めていた。
万年筆の遺産の『声』が言う通り、あの騎士たちが、『王』の座をねらって戦いを始めたのだとしたら、この場にいる『王』は一体誰になるのか?
あたしとソル君は、陽にいの話から考えると敵役にすえられていたようだから、『王』にはあたらない。
遺産の『声』の主は、そもそも配役があるのかすら怪しいから、『王』の候補から外れる。
そうなると、狙われるのはたった一人。
ここに再現されている『物語』の作り手であり、この場にいる人間の中では一番えらい存在である、陽にいになるのだ。
どうして、陽にいがこの場で一番えらい存在になるのか。
結局、『物語』の登場人物は、物語の作り手がいないと存在できない。
つまり、あたしたちを『物語』の登場人物として見た場合、陽にいは、あたしたち登場人物を作り上げた、いわば生みの親。
そして、あの黒白の騎士たちからすれば、陽にいはさらに、従うべき『王』にもなるってわけだ。
それにしても、どうしてこんなことが起こっているんだろう?
そう考えた時、あたしは、ある一つの可能性に思いいたった。
それは――
「
初めての任務――【忍秘の巻物】の回収任務を与えられた時、じっちゃんから聞いた話を思い出す。
遺産の力が思わぬ形で発現してしまうっていう、あれ。
何とかして止めないと!
って、そうは思うんだけど……
『いいぞ、いいぞ主! もっと私を使ってくれ! その手で、素晴らしい物語をつづってくれ!』
遺産の『声』が、高らかに笑う。
その声色は、心の底からこの事態を楽しんでいるようで、あたしは思わずゾッとした。
「……何で」
『うん?』
思わず声をもらすと、遺産の『声』が不思議そうに言う。
「何で、そんなふうに笑ってられるん!? もういつ周りを巻き込んでもおかしくないような、危ない状況にしといて!」
あたしの言葉に、ソル君もまた、陽にいの持つ遺産――万年筆をにらみつける。
対する『声』は、どこかおかしそうに、あきれたように言ったんだ。
『君たちは、何か勘違いをしているようだね?』
「かん、ちがい?」
「何のことだ」
『君たちは、我々「遺産」が人間を操ることによって事件を引き起こしていると思っているようだが、それは大きな間違いだ』
『声』は言う。
あたしたちが知らなかった事実を、淡々と告げてくる。
『我々は、作られた時から遺産として存在しているのではない。持ち主の願いがあるからこそ、遺産としての力を得るのさ』
隣で、ソル君が息を呑んだ音が聞こえる。
あたしも、体が震えるのを止められなかった。
だって、『声』の言っていることが本当だとしたら、つまり――
『我々が持つ力が暴走するのは、結局のところ、持ち主の願いが暴走しているからに過ぎない。結局、遺産――〝物〟は、人間に使われる存在でしかないのさ』
あたしが想像したのと、ほとんど変わらない言葉をぶつけられて、思わず絶句する。
それじゃあ、今のこの状況は、陽にいが作り出しているっていうこと?
陽にいが、自分の意思で?
ううん、それはちょっと違う。
『声』は、遺産の暴走は持ち主の願いが暴走することだって言った。
つまり――
「つまり、マツバラ・ハルキは、自分自身の〝願い〟に心を操られていると?」
『もはや操られている、という言葉も適切ではない状態だね。あれは、主の〝願い〟が、主自身にも見えなくなってしまっている状態だ』
「自分の〝願い〟が何だったんか、分からんくなっちゃってる……ってこと?」
『なかなか察しがいい。その通りだ』
『声』の言葉に、思わず、視線を万年筆から陽にいに移した。
頭を押さえて、苦しそうにうずくまっている陽にい。
階段のほうを見れば、さっきまで陽にいをねらっていたはずの騎士たちは、今度はなぜか互いを攻撃しあっている。中には、壁を壊して、外へ出ようとする騎士もいた。
「まずいな。このままでは、あの鎧どもが外に出る。いつ近隣に被害が出てもおかしくないぞ」
舌打ちをして、ソル君が拳銃を構える。
その銃口は、間違いなく、陽にいの持つ万年筆をねらっていた。
『私を壊すか。我が主の心が壊れることになっても構わないと言うのかい?』
「人一人の願いや心が壊れることで被害が抑えられるなら、安いものだ」
『声』がくつくつと笑う声に、静かに答えて、ソル君が引き金を引こうとして――
「だめ! 壊したらあかん!」
気付けばあたしは、ソル君の前に両手を広げて立っていた。
「どけ! 邪魔をするな!」
「嫌や! 陽にいの願いは、心は、壊させへん!」
あたしが叫ぶと、ソルくんは目つきを鋭くする。
「ならば、どうやってこの状況を収めると言うんだ! 遺産も壊さずに! 奇跡でも起こすつもりか!?」
奇跡を起こす。
そうでもしないと陽にいは止められないのだと、暗に突き付けられた気がした。
それでも、あたしは――あきらめたくない!
「そうや!」
ソル君以上に大きな声で言えば、彼がぐっとたじろいだのが分かった。
奇跡でもなんでもいい。
陽にいを救えるなら、あたしは何だってしてみせるし、何にだってすがるよ。
無意識に、ポケットにさしこんだルーペを手に取って、じっと見つめる。
ルーペは、見えにくいものを見やすくするための道具だ。
そして、このルーペは、今かぶっている猫耳帽子と同じで、じっちゃんがくれたもの。
じっちゃんがくれた帽子に、遺産の気配が見えるようになるっていう、すごい力があるんだから、同じくじっちゃんがくれたこれにだって、すごい力があってもおかしくない。
「(お願い、お願いだよ)」
両手で、しっかりとルーペを握りしめる。
もしも、私の願いで、このルーペにも力が宿るなら。
お願いだから、陽にい自身の願いを見つけてよ。
陽にいが見失っちゃったものを、あたしに、見つけさせてよ。
遺産の暴走を、止めさせてよ。
「――お願いッ!」
ぎゅうっと持ち手を握りしめて叫んだ、その瞬間。
ルーペが、ほのかな桜色をした、あたたかな光を放ち始めた!
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