第13章 その覚悟は本当にあるのか

【怪盗】の真実

怪盗ハンターを続ける……覚悟?」

「そうだ」


 あたしが聞き返すと、ソル君は小さくうなずいた。


「オオミヤ・チハル」

「えっ、何でうちの名前知っとるん?」

「シキから聞いた。お前、昨日遺産レガシーが暴走した事件で、遺産を壊された人間の末路を知って、おびえていただろう」


 いきなりかー!

 図星を指されて、ぐっとたじろぐあたし。

 ソル君はため息をついて、テーブルの上で手を組んだ。


「はっきり言おう。遺産レガシーの契約者に対して中途半端に情を抱いて、任務に集中できないようなやつは、怪盗ハンターには不向きだ。今すぐやめたほうがいい」

「……そんなん、何で君に言われなあかんの」


 苦しまぎれに言えば、「『君』じゃない。ソルだ」と真顔で返される。


「この間の一件で分かっただろう。遺産レガシーも、遺産の契約者も危険な存在で、いつ他者に危害を加えるか分からない。どうしようもないと判断した場合は、遺産を破壊しなければいけない。それが、俺たちに課せられた使命だ」

「……っ」

「だが、お前のように、契約者の心に触れて情を抱き、遺産の暴走を止められないようでは、被害は広がるだけだ。あの時、俺が助けに入らなかったらどうなっていた? きっと、被害はもっと拡大していただろう。お前だって、死んでいたかもしれないんだぞ」


 言葉が出てこない。

 反論のしようがない。

 全部、全部、その通りだ。

 遺産レガシーを壊すのが怪盗ハンターの任務だって言うなら、あたしは、それを務めるのに向いていない。

 ……だけど。


「でも、じっちゃんは、遺産レガシーを回収するのが怪盗ハンターの仕事やって言うてた。壊すことまでは、教わってへん」


 あたしがそう言うと、ソル君は苦い顔をした。

 それからため息をついて、「シキのやつ、ちゃんと説明していなかったのか」とつぶやく。


 説明していなかった、って……どういうこと?

 じっちゃんが、うちに隠し事をしてたっていうことなの?

 それに、じっちゃんは、ソル君のことを弟子だって言ってた。

 それも、ちょっと気になってる。

 怪盗を続けていくかどうか以前に、知らないことや聞きたいことが多すぎるよ。


「なあ、ソル君」

「何だ」

怪盗ハンターは、本来は遺産レガシーを回収するだけやなくて、壊すことも任務のうちやったってことなん?」


 ソル君は、下を向いたまま黙っている。


「それに、昨日からじっちゃんのこと、シキ、シキって……じっちゃんとソル君は、どんな関係なん?」


 あたしの質問に答えあぐねているみたいに、ソル君はずっと唇を引き結んでいた。

 けれど、ソル君、と重ねて呼べば、彼は、観念したように口を開く。


「この話をするには、そもそも、どうして怪盗ハンターという存在が生まれたのか、というところから説明する必要がある」


 どうして、怪盗ハンターっていう存在が生まれたか。

 そういえば、じっちゃんは、そのへんの話をしてくれたことはなかったっけ。


怪盗ハンターという存在は、元々あった、遺産レガシーに対処する役割を担っていた別の組織から枝分かれしたものだ」

「え? 遺産レガシーを回収するんって、元々は怪盗ハンターの役割やなかったってことなん?」

「そういうことだ。しかも、元になった組織に所属する人間は、遺産レガシーの回収ではなく、遺産の存在を監視し、有事の際の破壊を任務としていた」

「破壊を……」

 絶句するあたしに、ソル君は言う。


「その名を、【遺産管理者エージェント】。俺やシキは、元々、ある組織に所属する遺産管理者を務めていたんだ」

「じっちゃんが!?」

 信じられない。

 部屋にあれだけの遺産レガシーを保護していたじっちゃんが、もともとは遺産を破壊する立場の人だったなんて。


「俺が一〇歳で遺産管理者になった時、シキはまだこちら側の立場だった。シキは俺の師匠だ。遺産レガシーが契約者の心とつながっていることや暴走した時の対処法を教わったり、戦闘訓練を受けたりした」

「そうやったんや……」


 ん? 待てよ。

 一〇歳で遺産管理者? とかいうのになったっていうことは、ソル君って今、いくつなんだろう。


「あ、あのさ」

「何だ」

「ソル君って、今、何歳なん?」

「一四だが、それがどうかしたのか」


 まさかの同い年だった!

 それにしては、みょうに大人びているというか、堂々としていて貫禄があるというか。

 びっくりしているあたしをよそに、「続けるぞ」とソル君は話を戻す。


「二年前のことだ。遺産管理者エージェントが所属する組織から、シキが突然離反すると言い出した。自分は遺産管理者とは違う、遺産レガシーを保護する立場になると言い出したんだ」


 二年前。

 ちょうど、あたしが一二歳になった年だ。

 じっちゃんが、誕生日に服と帽子、ルーペをくれたのと、何か関係があったのかな?


「俺はシキにたずねた。どうして組織を離れる必要があるのかと。そうしたら、やつはこう言ったんだ」




『わしは、人の心を壊すことが辛かった。これから、老い先短い人生の全てをかけても、その罪はつぐないきれんじゃろう。じゃが、遺産レガシーを壊さずに保護していく立場になることで、少しでも人の心を守れるなら、わしは、その道を選びたい』




「……じっちゃんが、そんなことを」


 遺産レガシーを――遺産と契約した人の心を壊し続けたことを、じっちゃんが後悔していたこと。

 その罪をつぐなうために、少しでも多くの、遺産レガシーと契約した人の心を守るために、じっちゃんが『組織』を離れたこと。

 全然、知らなかった。

 じっちゃんは、そんな思いをもって、怪盗ハンターになったんだ。


「当然、組織のやつらは猛反対した。保護するだけでは、遺産レガシーはまた暴走する危険がある。いざとなった時には破壊しなくては、取り返しのつかないことになると」

「それで、じっちゃんはどうしたん?」


 ソル君の言葉に、あたしは思わず身を乗り出す。


「結局、上のやつらの言葉を聞かずに、自分の考えに賛同する人間を数名引き連れて組織を離れていった。シキを含めたその数名が、シキやお前の言うところの『怪盗ハンター』だ」

「そういうことやったん……」

「まあ、お前の様子を見ていると、シキは大方、遺産管理者エージェントのこともまとめて『怪盗ハンター』として、お前に説明したんだろうがな」


 ソル君はそう言って、スーパーの袋から一本、スポーツドリンクを取り出して飲み始めた。これだけしゃべれば、のどもかわくよね。


「あのさ」

「何だ」


 あたしにスーパーの袋を差し出しながら、ソル君が答える。

 袋の中に残っていたスポーツドリンクを出して、一口だけ飲んでから、あたしはたずねた。


「ソル君はさ。じっちゃんについていこうとは、思わんかったん?」


 少しだけ間を置いて、ソル君はうなずく。


「契約者の心を壊すのが辛いというのは、分からなくはない。俺だって、心苦しいと思っていたさ」

「じゃあ、何で?」

「……それ以上に、俺は、遺産レガシーとその契約者が、にくいと思っているからだ」


 中身が半分ほどになったペットボトルを握りつぶして、ソル君は眉間にしわを寄せる。

 べこり、というペットボトルのつぶれる音が、やけに大きく響いた。

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