突然の来訪者

 まぶしい光で目が覚めた。

 ゆっくり起き上がって、窓の外を見る。

 すっかり陽がかたむいて、街は夕暮れのオレンジ色に染まっている。

 お母さんは買い物に行っているのか、家の中はしーんと静まり返っていた。


「……結局、一日寝てしもてたんや」


 ぼんやりとつぶやいて、またベッドに寝転んだ。

 さっきまで見ていたあの光景は、夢だったんだと改めて実感する。

 二年前、初代の探偵服と一緒に、帽子とルーペをもらった、一二歳の誕生日のこと。


 でも、どうして今さら夢に見たんだろう?

 うーん、と考えながら、ごろごろとベッドの上を転がった。

 その時、ふと、ある物が視界に入る。

 一つは、ポールハンガーのてっぺんに引っかけた、猫耳帽子。

 もう一つは、机の上に置いてある、猫型のルーペ。


「……そういえば」


 ベッドから起き上がって、帽子を取りに行く。

 じっちゃんは、この帽子には、遺産レガシーと契約した人間の存在を感知する力があるって言ってた。

 実際、この帽子を被っていると、遺産を持っている人の周りに黒い霧が見えるようになった。

 じゃあ、もしかすると。


「このルーペにも、何か不思議な力があるんかなあ」


 レンズをのぞき込んで、むむむとうなる。

 今まで、特にこれを使っていて変わったことはなかったけれど……

 そう思いながら、ルーペをのぞきこんだまま、ふと窓のほうを見た時だった。


「あ」


 窓の外、あたしがレンズを通してのぞいた先で、さらさらのアッシュグレーがふわりとゆれる。


「……よう」


 どこか気まずそうに目をそらした、スカイブルーの瞳をもつ男の子。

 彼には、見覚えがある。

 昨日のライブ会場で、あたしを助けた後、遺産レガシーを破壊してしまったあの子――ソルって名乗った男の子だ。


「あーっ!」


 思わず大声を上げると、男の子――ソル君は、びくっと体をこわばらせる。

 ドタドタと走って、大急ぎで窓を開けた。


「ちょっ、何でここにおるん!?」


 ここ、二階なんだけど!

 パジャマ姿のままなのを気にする余裕もなく、たずねる。

 ソル君は、答えに困ったようにあちこち視線をさまよわせて――そして、手に持っていた何かを、あたしに向かってつき出した。


「……見舞いに、来た」


 シキに言われただけだからな、と口をとがらせるソル君。

 よく見れば、持っているのはスーパーの袋で、中にスポーツドリンクや冷却シートが入っているのがうっすらと見える。

 それが何だかかわいくて、拍子抜けしてしまったあたしは、思わず笑っていた。


「何だ」

「ううん。不愛想な人かと思ったけど、意外と優しいんやなあと思って」


 ありがとう、と言って袋を受け取ろうとすると、ソル君はそれをひょいっと背中に隠してしまう。

 え、くれるんじゃないの!?

 とまどうあたしに、ソル君は言った。


「話がある。とりあえず、中に入れろ」


 彼の視線には、有無を言わせないような迫力がある。

 話って、何だろう。

 やっぱり、遺産レガシーのことかな。

 それなら確かに長話になりそうだし、こんな所じゃ、おたがい疲れちゃうよね。


「ええよ、分かった」


 ソル君にうなずいて、あたしは窓を全開にする。


「こういう時は……おじゃまします、だったな」


 律儀にソル君がそう言って、靴をぬいで部屋に上がったのを確かめてから、窓を閉めた。

 さっき、シキに言われて、って言ってたから、家の場所はじっちゃんから聞いたんだよね。

 話って、何だろう。

 部屋の真ん中で、ローテーブルをはさんで向かい合って座る。

 みょうな沈黙に緊張する中、ソル君はスーパーの袋をとなりに置いて、口を開いた。




「話というのは他でもない。お前に、怪盗ハンターを続ける覚悟があるのかということだ」

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