いつかの夢
「千春、誕生日おめでとう」
ていねいにラッピングされた、少し大きな箱を手に、じっちゃんが笑う。
「これは、わしからのプレゼントじゃ。今の千春にぴったりのはずじゃぞ」
「わあ、じっちゃん、ありがとう!」
プレゼントを受け取って、あたしは笑う。
開けていい? とたずねると、じっちゃんは大きくうなずく。
リボンをほどいて、ていねいに包み紙を開いて、そうっと箱を開けると――
「わあっ、お洋服や!」
中に入っていたのは、白のシャツに茶色のベストとケープ、ショートパンツ、それにリボンタイと、黒のニーハイソックス。
それは、よく本で見るような、探偵の着ている服にそっくりで。
あたしは、部屋中をうさぎのようにぴょんぴょん跳びまわって喜んだ。
「じっちゃん、ありがとう! 大事に着るね!」
「ははは。喜んでもらえたようで何よりじゃ」
あたしと同じくらい嬉しそうに、じっちゃんは笑っていた。
けれど、何でだろう。
その目の奥には、何だか、気分が晴れないような、何か不安そうな、そんな色が見え隠れしていた。
「じっちゃん、どうしたん? お腹痛いん?」
「……のう、千春や」
心配するあたしの目を、まっすぐに見つめてくるじっちゃん。
「お前は、将来何になりたい?」
「え?」
じっちゃんの言葉に、首をかしげる。
「千春はいつも、口を開けばわしのような探偵になりたいと言っておるじゃろう。それが、本心からの言葉なのかと、少し気になってのう」
よく分かんないけど、じっちゃんは、あたしが本当に、心の底から探偵になりたいと思っているのか、不安なのだろうか。
だったら、あたしが返す答えは一つだ。
「そんなん、本心に決まっとるやん!」
胸を張って堂々と、あたしは言い切った。
じっちゃんに向かって笑いながら、あたしは思い出す。
密室殺人事件を解決した時も、演奏会で起こった集団発狂事件を解決した時も。
「じっちゃんはいつだってそうや。犯人がどうしてこんなことをしたんかって考えて、思いやって、そのうえで、罪をつぐなうようにさとしてる。じっちゃんはすごいよ。だって、被害にあった人だけじゃなくって、犯人の心まで救おうとしとるんやもん!」
興奮しながら話すうちに、かあっとほおが熱くなっていく。
じっちゃんにもらった服を抱きしめて、あたしはじっちゃんをまっすぐ見上げた。
「うちは、じっちゃんみたいな探偵になりたい。暗い事件に不安になっとる人たちのために、事件を解決したい。被害にあった人たちだけじゃなくて、犯人の心まで救っちゃうような方法で、事件を解決したい。そうしたら、きっと、みんな笑顔になってくれるから!」
「千春……」
そうか、とつぶやいて、じっちゃんはあたしの頭を優しくなでてくれた。
それから、さっき渡してくれたプレゼントとは別に、何かを取り出してじっと見つめる。
色味のちがう茶色の布地がぬい合わされたそれは――猫耳のついた帽子。
その上にのっているのは、猫の形をしたルーペ。
「千春が、そう言ってくれるのなら」
それらをあたしに差し出しながら、じっちゃんはやわらかくほほえむ。
「これらも、お前にたくしても、いいのかもしれんなあ」
じっちゃんが手に持っているそれらを見て、あたしは首をかしげた。
これ、何だろう。
あたしがもらっちゃってもいいのかなあ?
そう思いながら、あたしはまず、ルーペを手に取る。
つるつるとしたプラスチックの持ち手は、おどろくほどあたしの手によくなじんだ。
「いいか、千春」
そう言いながら、じっちゃんは、あたしに帽子をかぶせて、そのまま頭をなでてくる。
「いつか、この二つが、きっとお前の役に立つ時が来る」
帽子のつばで上手く視界をさえぎられて、じっちゃんの顔はよく見えなかった。
だけど、じっちゃんの話す声は、少し震えていたような気がする。
「じゃから、千春。これらを使うようになったその時は――わしの代わりに、人々を笑顔にしておくれ」
「? うん、分かった!」
意味も分からずうなずく、いつかのあたし。
じっちゃんは、あたしをぎゅーっと抱きしめて、小さく小さくつぶやいた。
「ありがとう、千春」
そう言ったじっちゃんが、どんな顔をしていたのか。
今なら、何となく分かる気がする。
あの時、じっちゃんは、多分、こっそり泣いていたんだ。
それは多分、ゆくゆくは、あたしに怪盗としての任務をたくすことを決めたから。
そして、怪盗として活動することになったあたしが、遺産とその契約者の真実を知った時、どれだけ苦しむことになるか、分かっていたからだ。
今のあたしは、何となくそうなのだと確信していた。
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