第10章 銃声は突然に
悲痛な願いで大ピンチ!
飛びかかって、蹴りかかって、よけられて。
かき鳴らされるギターの音が、あっちこっちのスピーカーから衝撃波になって飛んでくる。
ドラマか映画か何かの撮影? なんていう声が聞こえてきたけれど、残念。
これは撮影でも遊びでもない、命がけの真剣勝負だ。
よけきれなかった衝撃波の一部が、右の肩口をかすめる。
ふき出した血に、フロアの後ろのほうに逃げたお客さんたちから、きゃあ、と悲鳴が上がった。
だめだ、パンプスのせいで、上手く立ち回れない。
これじゃあ、周りの人を巻き込んじゃうのも時間の問題だ。
こうなったら、一か八か。
「陽にい―――――ッ!」
お客さんたちの中にまぎれているであろう陽にいを、ありったけの大声で呼ぶ。
「ちい!」
騒ぐお客さんたちの声の中に、あたしを呼ぶテノールがはっきりと聞こえた。
心配そうな声。
ちらっと見たけれど、陽にい自身はけがをしている様子はない。
ほっとしたけれど、うかうかしてはいられない。
陽にいのことだって、早く逃がさなきゃいけないんだから。
「ここにおるお客さん、みんな連れて逃げて!」
「っ!? でも、ちいのことは、どう――」
「早く!」
ちいのことはどうするの、と言いかけるのをさえぎって、鋭く言う。
大丈夫。あたしなら、大丈夫だから。
なんて、肩から血を流しているところを見せながら言っても、説得力がないか。
でも、早くしないと、あたし以外にも、もっとけが人が増えちゃう。
だから、
「お願い!」
必死で叫んだ瞬間に、真正面の一番大きなスピーカーから、一際強い衝撃波が飛んできた!
振り返る。
後ろには、たくさんのお客さんたちと、陽にい。
あたしがよければ、みんなに衝撃波が当たっちゃう。
だったら、あたしのやることは一つだ。
「っ!」
一切よけることはしないで、真正面から、衝撃波を受け止める。
「うああっ!」
まるで大型のトラックにでもぶつかられたような、強い衝撃。
あたしは軽々と吹っ飛ばされて、お客さんたちの近くまで転がってしまった。
「ちい!」
泣き出しそうにも聞こえる、陽にいの声。
あちゃー、結局心配させちゃってるなあ。
失敗、失敗。
痛む体にムチを打って、どうにか起き上がる。
こんな無茶、長くはできないんだから、早く逃げてよね。
そう思いながら、振り返って、無理やり笑って見せる。
それを見て、やっと決心してくれたらしく、こぶしを握りしめながらも、陽にいはあたしに背を向ける。
そして、みんなを会場の外へと誘導し始めてくれた。
よかった、これで被害は抑えられそう。
そう思って、安心しきっていたのがいけなかったのかもしれない。
「させない……!」
今の今まであたしを攻撃していたお姉さんが、狙いを完全に、お客さんたちのいるほうへ切り替えた。
乱暴にかき鳴らされるギターから、続けざまに放たれる衝撃波。
まずい、お客さんたちに当たっちゃう!
そう思って、あわてて衝撃波の飛んだ方向にとび出していったけれど。
「おわあ!?」
「きゃあ!」
なんと、お姉さんの放った攻撃は、お客さんではなく、天井に当たったのだった。
音を立てて崩れ落ちた天井の一部が、お客さんたちの行く手をはばむ。
そう簡単には、逃がしてはくれないか。
思わず、ギリッと歯を食いしばる。
こうなったら、早くお姉さんを気絶させて、ギターを取り上げるしかない。
あたしは意を決して、再びお姉さんのもとへ駆け出した。
「お姉さん!」
「邪魔を、するな!」
「っ、ちょ、っと! 話を! 聞いて!」
右へ左へ、ジグザグに走ってどうにかこうにか攻撃をよける。
あとちょっとで、お姉さんのもとにたどり着ける――そう思った瞬間。
グキッ。
無理にパンプスで動き回っていたせいか、とうとう足首をひねってしまった。
右足に、激しい痛みが走る。
声を上げそうになるのを何とかこらえて、あたしは、お姉さんに向かって叫んだ。
「何で、こんなことするん! みんな、
あたしの言葉は、一応ちゃんと届いたのだろう。
お姉さんは、うつろな目を見開いて、それから、うすく口を開いた。
「私……私、は」
見開いた目に、一瞬、光が戻る。
その瞳いっぱいに涙が浮かんだかと思うと、やがて一筋、音もなくこぼれ落ちる。
その時、ギターから黒い霧がふき出して、お姉さんをみるみるうちに包み込もうとする。
なんだか、まずそうなふんいきになってきちゃった。
何とかして、あの人を気絶させなきゃ。
そう思ったあたしは、思い切り足をふみ込んで高く跳び上がって、最初にくり出したかかと落としを放とうとする。
だけど――
「私は! ただ、みんなに、もっと演奏を聴いてもらいたかっただけなのに!」
お姉さんが、泣きながら、そう叫んだ。
それで、あたしは、思いっきり動揺しちゃったんだ。
「っ!」
もっと、演奏を聴いてもらいたかった。
もしかするとそれは、このお姉さんが叶えることのできなかった願いなのかもしれない。
このお姉さんが、遺産と契約した理由の、そのものなのかもしれない。
そんな悲痛な叫びを聞いてしまうと、どうしたって、この人を攻撃することをためらってしまう。
体勢が崩れて、蹴りをくり出そうとした勢いが完全に死んでしまう。
それが、いけなかった。
『いいわ、とても素敵……その願い、その希望、もっと強く叫びなさい!』
ギターから聞こえてくる、不思議な声。
これがきっと、遺産の声なのだろう。
それを耳にした瞬間、お姉さんが、あたしに向けて、思い切りギターを弾いた。
竜巻のような衝撃波がふき上がって、あたしを襲う。
空中で体勢を崩した状態でよけられるはずもなく、あたしは、まともに衝撃波をくらってしまった。
「きゃあああっ!」
思い切り天井に叩きつけられた後、べしゃりと床に落ちて、フロアの後方まで転がる。
「っつ、う――」
体のあちこちが、悲鳴を上げている。
起き上がろうとしても、手も足も、ぴくりとも動いてくれない。
呼吸のリズムが、少し短くなっているのが分かる。
痛い。痛い。
悔しい。悔しい。
遺産を回収しなきゃいけないのに。
みんなを守らなきゃいけないのに。
手も足も出ないことが、悔しくてたまらない。
でも、それ以上に――
「(あの人の願いが……苦しい……)」
はやちゃんの時もそうだった。
遺産と契約しなきゃいけないほど、あのお姉さんが、自分の願いに押しつぶされそうになっていること。
それが分かってしまって、苦しくてたまらなかった。
ぐっ、とこぶしを握りしめる。
何とか首を動かして、お姉さんを見上げる。
彼女は今まさに、ギターの弦にピックを添えたところだった。
ステージにあるスピーカーというスピーカーが、あたしのほうを向く。
――ああ。
これはもう、無理だ。
立ち上がれたとしても、くじいた右足の痛みがひどい。
攻撃をよけるのは、難しいだろう。
「ちい!」
陽にいが、心配そうに叫ぶ声がした。
「(ごめん、陽にい)」
せっかく、みんなを逃がそうとしてくれたのに。
あたし、全然あの人に歯が立たなかった。
みんなのこと、守れそうにない。
「……ごめん」
ほとんどあきらめて、目を伏せる。
ステージに立つお姉さんが、手首のスナップを利用してギターを弾こうとした――その瞬間だった。
――バァン!
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