ライブスタート……?
陽にいのおすすめのカフェでゆったりとお昼ごはんをすませたあと、ライブ会場にたどり着く。
こういう建物を、ライブハウス、っていうのかな。
ライブを見に来たことがないあたしでも、ここがどんなにすごい規模の場所なのかは分かった。
ステージにはドラムセットの一式と、3台のキーボード(こういうの、『要塞』っていう人もいるんだって)、それからマイクスタンドが5本セッティングされていて、周りには大きなスピーカーがいくつも並んでいる。
いすが無く、観客が立ちっぱなしの形になる広いフロアには、すでにたくさんのお客さんが詰めかけている。
そして、そのみんなが、ライブの始まりを今か今かと待っていた。
「陽にい、陽にい。ここの会場、大きいね!」
「うん。僕も、こんな会場に来るのは初めてだよ」
ドキドキするね、と陽にいがはにかんだ。
暗がりの中でも、本当に楽しみにしているんだとよく分かる笑顔。
あたしもそれにつられて笑って、ほのかなライトの明かりに照らされたステージや、フロアに集まった人たちを見回した。
そういえば、会場にいる人たちみんな、タオルを首にかけていたり、バンダナを手に巻いていたり、リングライトをつけていたり、グッズをいっぱい持っている。
いいなあ、せっかくだから、うちも何か買おうかなあ。
陽にいに声をかけて、一緒に物販ブース、見に行こうかなあ。
そう思って、また陽にいのほうを見ようとした時だった。
「……?」
どこからか視線を感じて、思わず振り返る。
けれど、そこにいたのは、相変わらずライブが始まるのを待っているお客さんたちばかり。
誰も、あたし一人のことなんて、気にも留めていない。
気のせいだったのかな。
ちょっと首をかしげた、次の瞬間だった。
ほんのりと灯っていたステージライトが静かに消えて、舞台が暗転する。
暗闇の中、ステージ上に、数人の人影がおどり出たのが分かった、次の瞬間。
ギュゥウウウウン!
ギターがかき鳴らされる音とともに、一斉にステージライトが点灯して、五人の姿が照らし上げられた。
疾走感のあるロールを奏で、リズムを刻むドラムス。
ポップで軽やかな音色で、曲に彩りを加えるキーボード。
全体を支えるようにして、音に厚みを加えるベース。
派手なサウンドで、音楽を華やかに盛り上げるリードギター。
そして――
「ライブハウスのみんなーッ! 盛り上がっていっくぜー!」
きた!
きた、きた、きた!
ギターボーカルの
「イェーイッ!」
周りのみんなと一緒になって叫んで、赤いバンダナを巻いたこぶしを突き上げる。
前奏で盛り上がっていたあたしたちのボルテージは、いきなり最高潮に達していた。
ギターをかき鳴らしながらマイクスタンドの前に立ち、MATSURIさんは、すうっと息を吸い込む。
次の瞬間に、彼女から発せられたのは、力強い歌声だった。
走り続けてる はきつぶしたスニーカーで
不確かな夢へと続く滑走路
長い長い助走 続けてるんだ
いつかあの大空へ飛び立つために
うわあ、うわああ!
しょっぱなからこの曲……!
コンセプトに「夢や希望に向かって走り続ける人への応援歌」をかかげた、最高にキラキラした曲なんだ!
ドキドキ、鼓動が跳ね上がる。
わくわく、心がおどりだす。
会場のふんいきもあいまって、一緒に歌いだしたくなるような気分になってくる。
ちらっと、となりの陽にいを見る。
歓声を上げるのも忘れて、何か思うところのある様子で、ステージを見上げてる。
……陽にいにも、はっきりとした夢や希望があるのかな。
だから、この曲が心に響いているのかな。
そんなことを思っていた。
「『本当はもう気付いてるんだろ? その背中にはもう翼があること』」
Cメロの歌詞の終わりに、駆け抜けるロールがだんだん強さを増していく。
MATSURIさんが、呼吸を整えなおす。
いよいよ、サビの歌詞に入る。
突き出したこぶしを、ぎゅっと握りなおした、その瞬間だった。
ギュイイイイインッ!
あたしや陽にいよりも後ろ――フロアのど真ん中あたりから、耳をつんざくようなギターの音が聞こえた。
その音は、たった一音では止まずに、何かの曲のフレーズを一心不乱に奏で続けている。
何、このひどい音! 鼓膜が破けちゃいそう!
その音の聞き苦しさに、
「っ、ちい、大丈夫?」
陽にいが、耳をふさいで苦しそうな顔をしながらも、あたしのことを気遣ってくれる。
うちは大丈夫――そう、答えようとした時だった。
「……アスタリズム……」
ゾッとするほど冷たい声が、ギターの音がしたのと同じ方向から聞こえてくる。
反射的にそっちを見れば、パンクロック風の服装のお姉さんが、黒いギターを手に、ステージをにらみつけていた。
誰?
そんな疑問が浮かぶ間にも、その人は、一歩、また一歩と、ステージに近づいていく。
ふらふらと歩く姿は、まるで怨霊のよう。
その不気味さに、さっとお客さんたちがよけていくほどだ。
「あんたたち、あんたたちさえいなければ――」
ステージに立つ
そんな中でも、MATSURIさんだけは、その目に気丈な光を宿して、他のメンバーをかばうかのようにして前に立っていた。
黒いギターを持ったお姉さんは、ステージに上がって、
そして、
「――私が、ステージに立てたのに!」
泣き声にも似た叫び声を上げると、客席側を向いて、思い切りギターをかき鳴らした!
彼女の叫び声に応えるようにして、スピーカーからは、悲しげなピアノの旋律が、ひとりでに流れ始めた。
ステージでは誰も演奏していないのに、ドラムやベースの音まで聞こえてくる。
それらはフロアの中で混ざり合って響き合って、一つの曲に変わる。
さっきのギターを単体で聞いた時よりも、ずっとずっとひどい音が、鼓膜を震わせた。
頭が、割れそうに痛い。意識が遠のきそうだ。
ガンガンと頭の中に直接響いてくるようなその音楽は、普通に聞けばかっこいい曲のはずなのに、どうやっても聞き苦しい雑音にしか聞こえない。
怒りや、悲しみや、誰かをうらやむ気持ちにも似た何かが、その人の演奏から伝わってくる。
今にも、このライブ会場ごと壊しつくしてしまいそうなほど、大きな感情だ。
そんなふうに、想像してしまったからだろうか。
――ピシッ。
何かにヒビが入るような、嫌な音がした。
気が付けば、壁や床、天井にいたるまで、少しずつだけど、はっきりと目に見えるほどのヒビが入り始めている。
もしかして、このまま演奏をさせていたら、ライブ会場が崩壊しちゃうんじゃ……!?
と、そこまで考えて、あたしは、ようやくあることに気付いた。
ただギターを弾くだけで、建物がこんなことになるなんて、おかしい。
それに、下手な演奏でもないのに、こんなにも気が遠くなりそうなのは、何か変だ。
そう思った瞬間、あたしの目に、はっきりとあるものが見えた。
ギターから少しずつ、少しずつふき出している、黒い霧。
あのギターは、もしかして――
「(
だとしたら、まずい。
このままだと、本当にここにいる人たちが怪我をする危険だってある。
早く何とかしなきゃ!
「……っやるしかない!」
バチンとほおを叩いて気合いを入れて、あたしはステージに向かって駆け出した。
「お姉さん、それ以上の演奏は――」
大きく飛び上がって、くるくるっと2回転。
「会場の皆さんのご迷惑、やでっ!」
全体重を乗せたかかと落とし。
それをよけながら、お姉さんは、あたしを睨み付けた。
「お前も、私の邪魔をするの……!?」
その言葉に、あたしはビシッとお姉さんを指さして、「もちろん!」と宣言する。
「お姉さんのことは、うちが絶対に止める。じっちゃんの名にかけちゃったりなんかして!」
つかの間、演奏の止んだホールに、ざわめきが広がっていく。
それにも構わず、あたしは、お姉さんに突っ込んでいった。
お姉さんは、どこかうつろな目でギターを構え直して、あたしを敵意むき出しの目で見すえる。
そうして、ステージ上での大立ち回りが、幕を開けてしまったのだ。
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