第9章 ライブステージは嵐の幕開け!?
午後0時に待ち合わせ
パフスリーブの小花柄のブラウスに、デニムのジャンパースカート。
ライブ会場で邪魔にならないようにと選んだカバンは、編み上げのレースが可愛い、ピンクと白のミニリュック。
お母さんが、「せっかくやから、とびっきりおしゃれして行きなさいな」と言って選んでくれた服と小物。
どれもこれも、あたしが普段選ばないような女の子らしいものばかりで、着ているだけでドキドキしちゃう。
パステルイエローの、丸いつま先のパンプスが、あたしの視界をほんの少しだけ大人にしてくれる。
待ちに待った、約束の日。
12時に待ち合わせる約束の駅前に、あたしは、うきうきしながら向かっていた。
はやちゃんと、陽にいも一緒のお出かけ。
楽しみだなあ。
二人に早く会いたいな。
そう思いながら、少しだけ駆け足になった時だった。
「っ」
「わっ」
横から歩いてきた人と、うっかりぶつかってしまった。
少しよろめいたところを、手首をつかまれて、引っ張られる。
髪色のうすい男の子が、あたしを見下ろしていた。
こういう髪の色、確か、アッシュグレー、っていうんだっけ。
青い縦ラインが特徴的なジャケットに、ぴっちりと折り目のついたパンツを身に着けていて、周りの景色からは少し浮いている。
漫画とかアニメに出てくる、何かの組織の人みたいだなんて思った。
「すまない。大丈夫か」
あたしの手首をつかんだまま、彼は、抑揚のない声でそう言った。
スカイブルーの三白眼が、じっとあたしの目を見つめる。
まるで、その子の視線に氷漬けにされてしまったようで、あたしはしばらく、声を出すこともできなかった。
だって、その子があまりにも、きれいな顔立ちをしていたから。
本当に、すっごく美形さん。
日本人っぽくはない。外国の人かな?
「おい」
少しいらだったような声に、ハッとする。
「ご、ごめんなさい! ぼうっとしちゃった」
「……気を付けろ」
あたしの言葉を半ば無視して、その子は、ふらりと人混みの中に姿を消してしまった。
な、なにあれ~!
不愛想な人!
内心ムッとしたけど、わざわざ追いかける気にもなれない。
それに、はやちゃんと陽にいを待たせちゃうかもしれないし、今は急がなきゃ。
はき慣れないパンプスのかかとを鳴らして、あたしは、急いで駅へ向かった。
「…………」
さっき、人混みの中に姿を消したはずの男の人が、じっとあたしを見ていたのなんて、これっぽっちも知らずに。
「おーい、ちい!」
駅前のロータリーにある噴水の前で、陽にいが大きく手を振る。
「陽にい!」
大きく手を振り返して、あたしは陽にいのもとに駆け寄った。
「ごめん、お待たせ!」
「ううん、僕が早く着いただけだから、気にしないで」
そう言って、陽にいは腕時計を見せてくれる。
今、12時ちょうど。
遅れたわけじゃなかったならいいけど、やっぱり待たせちゃったのは申し訳ないな。
そう思っているあたしを、陽にいは、じいっと見つめてくる。
「どうしたん、陽にい?」
「え? ああ、えっとね」
あたしがたずねると、陽にいは少し恥ずかしそうにほおをかいた。
「今日のちい、ちょっとおめかししてる?」
「えっ? ああ、うん。お母さんが、おしゃれして行きなさいなーって、お洋服選んでくれてん」
「そ、そっか」
目をそらす陽にいのほおが、ちょっとだけ赤い。
「……可愛い、ね。よく似合ってる」
口元を手でおおって、陽にいは小さく、そう言った。
え、まって。
何で、そんな顔して言うの?
何だか、こっちまで恥ずかしくなってきちゃうよ。
「あ、ありがとう……」
二人して照れて、そのまま無言の時間が続く。
ど、どうしよう。
頭が真っ白になっちゃって、なんにも言葉が出てこない。
ばっくん、ばっくん。
心臓の音が、周りに聞こえていやしないかと心配になってきたころ。
みょうに長い沈黙を、「ところで」っていう言葉で破ったのは、陽にいのほうだった。
「一緒にライブに行く友達っていうのは、まだ来てなさそう?」
「えっ?」
陽にいの言葉に、きょろきょろと周りを見渡す。
そういえば、まだはやちゃんの姿が見えない。
どうしたんだろう、と思ったその時、リュックの中で、スマホが震える音がした。
画面には、『はやちゃん』という名前とともに、着信を知らせる表示がある。
「もしもし?」
「げほっ、ごほっ! ち、千春どの~。こんにちはでござるよ」
陽にいに断って電話に出れば、電話口で、ものすごい咳をする声。
その後、どこかぼんやりとしたはやちゃんの声がした。
「は、はやちゃん? えっ、何かめっちゃしんどそうやない!? 大丈夫?」
「そ、それが、大丈夫じゃないんでござるよ。拙者、今朝になってうっかり風邪をひいてしまって……」
「うん、それは何となくわかる」
「熱が、38度あって……」
「38度!?」
思わず悲鳴に近い声が出てしまった。
それって、だいぶつらいんじゃないのかな。
とにかく、急に体調を崩して来られないことは伝わったから、これ以上の無理はさせられない。
「わ、分かった。つまり、はやちゃんは今日、来られへんってことやねんな?」
「そうでござる……千春どのだけでも、ご友人ともども楽しんできてくだされ……」
「うん、うん。分かった、ありがとうな。はやちゃんも、ゆっくり休むんやで」
お大事に、と言って電話を切る。
振り返ると、あたしがついつい叫んでしまったのを聞いていたのか、陽にいが心配そうな顔をしていた。
「お友達、具合悪いって?」
「そうみたい。今日は来られへんって」
「そうか。心配だね」
お互いに、どうしよう? と顔を見合わせる。
誘ってくれた張本人――はやちゃんがいない状況でライブに行くのは、申し訳ない気もするんだけど……
「でも、そうやってうちらが行かへんかったって知ったら、はやちゃん、めちゃくちゃ落ち込むと思うねんな」
「気を遣わせた、って思っちゃうのかな」
「そうやと思う」
あたしが苦笑いしてうなずくと、陽にいもあいまいに笑う。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、行こうか」
「うん!」
陽にいが差し出してくれた手を握って、あたしたちは、ライブ会場に向かうことにした。
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