視線

「……あれが、この街の、新しい怪盗ハンターか」


 通学路を見下ろせる、とある民家の屋根の上。

 マリンブルーの縦ラインが特徴的な黒のジャケットに身を包んだ少年が、十字路を見下ろしてつぶやく。

 少年の視線の先には、年上の少年と楽しげに話す少女の姿があった。


「オオミヤ・チハル」


 少女の名を呼んだ少年の両手には、大型の二丁拳銃が握られている。

 メカニカルな見た目をしたそれらを腰のガンベルトに収めると、少年は、スカイブルーの瞳孔を持つ三白眼をスッと細めた。

 こぼれるため息をかき消すように、温い風が吹き抜けていく。

 えり足の短いウルフカットに整えられた、アッシュグレーの髪がふわりと揺れる。


「シキの選んだ後継者だと言うから、様子を見に来てみれば――」


 何とも気の抜けた女だ、と、少年は肩をすくめた。

 あの偉大な怪盗の判断を、疑ってしまいたくなる。

 あんなにも呑気に日々を過ごす人間を、なぜ後継者にしたのかと問いただしたくなる。


「(……だが)」


 少女から視線を外し、少年は、数枚の紙がとじられた書類を取り出す。

 それは、先日の【忍秘の巻物グリモワール・オブ・ニンジャ】による事件が、彼女の活躍によって解決したという報告書だった。


 幸い、この街ではこの一件以降、遺産による事件どころか、遺産が発見されたという報告すら上がってきていない。

 ならば、今くらいは、平凡な日常を楽しませてやってもいいだろう。

 どうせそのうち、否応なく、非日常の連続に巻き込まれる日々がやってくるのだから。


 街灯の明かりに背を向けると、少年は家々の屋根を飛び移り、どこかへ去っていく。

 少年の立っていた場所には、一羽のカラスがぽつねんと止まっていた。

 そして、その黒々とした鳥もまた、やがて大きく翼を広げ、夕闇の彼方に飛び去っていくのだった。



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