お誘い・しゃる・うぃー?

 だけど結局、その日は、誰を誘うのかは決まらなかった。

 こっちに引っこしてきてからできた友達を誘うんだとしても、誰を誘うか迷っちゃうんだよね。

 そもそも、だれか一人を選んでってなると、ひいきするみたいで嫌だし。

 はやちゃんには、来週の日曜日がライブ当日だから、その日までに誘っていてくれればいいって言われたけど、それまでに人が見つかるかなあ。


 うーん……


「どうしようかなあ」

「何が?」

「ひょっ」


 帰り道、うんうんうなりながら歩いていると、後ろから急にかかる声。

 驚いて飛びのくと、そこには――


「っふふ、ごめん。そんなに驚くと思わなかった」

「陽にい!」


 学校帰りらしい、陽にいがいた。


「陽にいも、今帰りなん?」

「うん。そしたら、ちいの後ろ姿が見えたから」

「よう分かったね?」

「帽子、帽子」


 そう言って、陽にいはあたしの帽子をちょんちょんとつついて笑った。

 あ、そっか。

 あまりにも当たり前に毎日かぶっているから忘れそうになるけれど、猫耳がついた帽子なんて、普通、誰も学校にかぶってこないよね。


「せっかく会えたんだし、一緒に帰る?」

「うん!」


 陽にいの提案に、あたしは喜んでうなずいた。

 登校は相変わらず一緒なんだけど、下校時間が重なることって実は今までなかったから、嬉しいんだよね。


「そういえば、陽にいって、部活には入っとるん?」


 いつも下校時間が合わないってことは、部活で帰りが遅いからなんだろうなあ。

 そう思ってたずねてみると、陽にいは照れ臭そうにうなずいた。


「うん。一応、文芸部にね」

「文芸部!」


 確か、文芸部って、あれだよね。

 自分で小説や詩を書く人たちが入る部だよね。


「ってことは、陽にいも小説とか詩とか、書くってことやんね?」

「まあね。あまり上手くはないんだけど」

「すごい! すごいよ、陽にい!」


 興奮のあまり、ぴょんぴょん跳び回ってそう言えば、陽にいは「それほどでもないよ」と、恥ずかしそうに首を縮こまらせてしまった。カメみたいだ。


「ううん、すーごーいーの!」


 陽にいのほうを振り返って、困ったような表情を浮かべる顔に向けて、ビシッと指をさす。


「だって、陽にいの頭の中には特別な世界があって、陽にいはそれを文章にする力があるんやろ? それって、とってもすごいことやと思う!」

「ちい……」


 陽にいが、驚いたようにあたしのことを見つめてる。

 どうしたんだろう?

 首をかしげると、陽にいが帽子ごしに、優しく頭をなでてきた。


「陽にい?」

「不思議だね。普段は、どんなに褒められても自信が出ないのに、ちいにそう言ってもらえて、とっても嬉しくなったんだ」

「え、ほんまに?」

「うん。僕の小説って、児童文学の文章みたいだってよく言われるんだ。もっと上の年齢層も狙ってもいいんじゃないかって。でも、だからこそ思ったんだ」


 ――ちいみたいな子に読んでほしいな、って。


 はにかんだ陽にいのほっぺたが、ほんのりと、ゆで上がったような赤に染まってる。


「ちいの言葉は、魔法みたいだね」


 そう言って笑う陽にいの顔は、夕陽に照らされて、いつもよりいっそうまぶしく見えた。


 なんでだろう。

 心臓が、トクトクトクって、うさぎみたいに軽やかに跳ねている。


「ありがとうね、ちい」


 その言葉に、あたしは、「……うん」ってぼそぼそつぶやくのが精いっぱいだった。

 だって、なんか、陽にいが、お兄ちゃんじゃないみたいなんだ。

 お兄ちゃんに対して、こんな風にドキドキしないはずなのに。

 あんまり陽にいの笑顔がきらきらしているから、おかしくなっちゃったんだろうか。

 ぶんぶんと首を振って、変な考えを振り払う。

 次に陽にいを見上げた時には、今度は彼が不思議そうに「どうしたの?」と首をかしげていた。

 もう、さっきまでみたいなドキドキを、陽にいに感じることはなない。

 ……うん、やっぱり、あたしがおかしくなっちゃってたみたい。


「ううん、なんでもない」


 陽にいのとなりに並びなおして、あたしたちは、またどちらからともなく歩き始めた。


「なあなあ、陽にい」

「何?」

「うちにも今度、陽にいの書いたお話、読ませてな」

「いいけど、面白いかどうかは、本当にわからないよ?」

「ええの! うちが読みたいんやから!」


 あたし、こう見えて小説を読むのは大好き。

 当然、陽にいの書いたものだって読んでみたい。

 それに、陽にいが書くお話なんだもん。

 優しくて、あったかくて、心にじんわり響くような言葉でいっぱいの、楽しい物語に違いないよ。

 ああ、想像するだけでわくわくしちゃう。

 どんなお話を書いてるんだろう。


「ね、お願い!」


 この通り、と両手を合わせてお願いする。


「……だめ?」


 ついでに、ここぞとばかりに上目遣いで、とびっきりのおねだり。

 すると陽にいは、困ったように眉を下げて、「仕方ないなあ」って苦笑いした。


「可愛い妹にそこまでお願いされちゃ、断れないな。いいよ、今度、僕の家においで」

「おうち、行かせてくれるん?」

「うん。ちいなら大歓迎」


 やったあ!

 小説を読ませてもらえるだけじゃなくって、家にまで招待してもらえるなんて!

 お土産持って行って、陽にいのお父さんとお母さんにも、ちゃんとあいさつしないとね。


「それで、いつにする?」

「そうだなあ……」


 スケジュール帳を開いて、陽にいが「どうしようか」とつぶやく。

 すごいなあ。ちゃんと、手帳で予定を管理してるんだ。

 あたしなんて、手帳を買ってもらっても、一年間ちゃんと使い続けた覚えがないや。

 感心して見ているうちに、陽にいは手帳を閉じてあたしのほうに向きなおっていた。


「来週の日曜日なんてどう?」


 その言葉に、あたしは「あっ」と声を上げた。


「ごめん、その日はうちがあかんのや」

「そうなの?」

「うん。友達と出かける予定があって……」


 ん?

 ちょっと待てよ。


「陽にい」

「なんだい?」

「来週の日曜日は、予定がないんやんね?」

「うん。今のうちなら、優先して押さえられるよ」


 陽にいの言葉に、あたしは確信する。

 これは、ライブに誘うチャンスなのでは!?


「陽にい! あのね!」


 あたしはすかさず、カバンの中から、はやちゃんにもらったあのハガキを取り出す。


「これ!」


 陽にいは、それを見て目を丸くする。


A☆Iアスタリのライブチケットじゃないか! すごいね」

「えへへ、当てたんは友達なんやけどね」


 はやちゃんに、褒められてたよって伝えておこう。


「これ、日曜日に行くんやけど、このハガキであと1人誘えるんやんか!」

「うん」

「せやから、陽にいも一緒に行かへん? ライブ!」

「え? 僕でいいの?」


 自分の顔を指さして、本気で困惑している様子の陽にい。


「他に、誰か誘える友達は?」

「いっぱいおる! けど、誰か1人ってなると、その子をひいきするみたいで、なんか嫌やし」

「ああ、それは確かに」


 ちいらしいね、と言って笑う陽にい。

 でもね、それだけじゃないんだよ。


 今のあたしは、それ以上に――


「うち、陽にいと一緒に行きたい! 友達と、友達のお父さんが一緒に行くことになるけど、それでも陽にいと一緒がええの!」


「……ちい」

「せやから、一緒に行こ! 陽にい」


 にぱっと笑ってハガキを差し出せば、陽にいは、あたしからゆっくりと目をそらして、口元を手でおおった。

 口をおおった手指のすきまから、あー、とも、うー、ともつかない、うめき声のようなものが聞こえる。

 へなへなと地面にしゃがみ込む陽にいの顔は、耳まで真っ赤だ。


「……だから、断れないってば。こんなの……」


 え、えっ?

 何かぼそぼそ言っているみたいだけれど、全然聞こえない。


「お、おーい? 陽にい?」


 だ、大丈夫かな。

 もしかして、急にしんどくなっちゃったとか!?


「大丈夫、陽にい?」


 心配になって、あわてて陽にいの正面にしゃがみこむ。

 陽にいは、しばらくうーうー言っていたけれど、やがてゆっくりと顔を上げてくれた。

 その顔は、やっぱりトマトのように真っ赤。

 夕陽のせい、とかではないと思う。多分。

 じゃあ、何のせいかって言われたら、分かんないけど。


「大丈夫。ちょっと、いや、だいぶ嬉しかっただけだよ。僕も、A☆Iアスタリ好きだしね」

「ほんま? しんどくはないんやね?」

「うん、本当。心配かけて、ごめんね」


 ゆっくりと立ち上がった陽にいに合わせて、あたしも立ち上がる。

 すーはーと息を整えて、陽にいは改めて笑いかけた。


「僕でよかったら、ご一緒させてほしいな」

「……っ、うん! 喜んで!」


 やったー!

 はやちゃんだけじゃなくて、陽にいとも一緒にライブが見られる!

 ああ、楽しみだなあ。

 早く、来週の日曜日にならないかな。

 今この時ばかりは、来週の予定をしっかり書きつけておくためのスケジュール帳がほしいって、強く思ったんだ。



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