黄昏時の決闘
「正々堂々勝負しようや。あんたの“義賊”でいることへの執念と、うちの”怪盗”としての任務への思い――どっちが、強いか!」
言うが早いか、あたしははやちゃんに一気に接近した。
ブンッ!
全体重を乗せた蹴り。
それを後ろに跳んでかわすと、はやちゃんは先ほどと同じように苦無を放ってきた。
それも今度は、一本だけじゃなくて、複数本を一気にまとめて。
だけどっ!
「ふっ!」
先端には決して触れないように注意を払いながら、避けきれないものだけを狙って叩き落とす。
あとは、冷静に一つ一つの軌道を読み切って、最小限の動きでよけた。
数をまとめて一気に放つ分、一つ一つのねらいはそこまで正確に操作できないはず。
そう判断したあたしは、自分に当たりそうなものだけにねらいを絞って叩き落すことに集中し、残りは焦らずよけることにしたのだ。
「なかなかやるでござるな」
一度距離を取ったはやちゃんが、やっぱりどこか焦点の定まらない目をしたまま言う。
「そっちもね」
そう返しながら、あたしは内心舌打ちをしていた。
あたしには飛び道具がない分、距離を取られると、苦無や手裏剣を持っている向こうのほうが有利だ。
もう一度距離を詰めたとしても、今みたいに避けられて距離を取られてしまったんじゃ、らちが明かない。
なんとか、この状況を打開しないと。
「来ないのであれば、こちらから行くでござるよ」
そう言うと、はやちゃんは両手を組み合わせて、何やら不可解なポーズを取り始めた。
あれは……印ってやつ?
「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
意味の分からない、呪文のようなものを唱えた、次の瞬間。
なんと、はやちゃんの姿が、みるみるうちに地面の影に溶けるようにして消えてしまった。
どうなってるの!?
『望月流忍術、常夜隠れ』
「っ!?」
そんな言葉のあと、後方から飛んできた棒手裏剣が空を切る。
慌ててよけたけれど、切っ先に触れた髪の毛が切れて、ふわりと宙を舞った。
『これでシャトンどのには、拙者の姿を認識することはできぬでござろう』
どこからか聞こえてくる、はやちゃんの声。
それなのに、彼自身の姿はどこにも見つけられない。
そうか、これが――
「この
忍術を使えるようになるという、【
多分、はやちゃんが使っているのは、それに記された忍術のうちの一つなんだろう。
さしずめ、
それにしても厄介だ。
だって、姿が見えないんじゃ攻撃のしようがないし、向こうから攻撃されても、避けるのが格段に難しくなる。
でも……
「だからって、引き下がるわけにはいかへんの!」
さっき棒手裏剣が飛んできた方向に素早く移動して、大振りの蹴りを繰り出す。
けれど、はやちゃんはそこにはいなかった。
『どこを狙っているんでござるか?』
そんな声がした瞬間、すぐ近くの木の上から、何本もの苦無が飛んでくる。
――よけられないっ!
「くっ……!」
ガードできるような武器じゃないから、やっぱり叩き落とすしかない。
2、3本はなんとか叩き落せたけれど、対処できなかった数本が腕や脚を切り裂いていった。
「っ痛!」
痛みに顔をしかめていると、
「すきだらけでござるよ!」
校舎の作る影から飛び出してきたはやちゃんが、やっと姿を現したかと思うと、苦無を連続で振るってきた。
さっきから、よけるのに精いっぱいで、全然巻物をうばえない!
しかも、どこから飛んでくるのかも分からない攻撃に対処しきれなくて、傷が増えていく一方。完全にジリ貧だ。
「っつう、はあっ……」
ぴりぴりとした痛みが体のあちこちに走って、泣きそうになる。
正直、もうあきらめてしまいたい。
だけど、意地でもあきらめたくないと叫ぶ自分が、確かに心の中にいた。
だって、目の前で、友達が苦しんでいるんだもん。
放って逃げるなんて、できないよ……!
『そろそろ、観念したでござるか?』
また姿を消したはやちゃんの声が、聞こえてくる。
まさか。こんなところであきらめるわけがない。
でも、なんとかして対抗策を見つけないと、このままじゃはやちゃんにやられてしまうのも事実。
――どうする……どうすればいい……?
そう考えた瞬間、あたしの脳に突然、ピンとくるものが走った。
『それならば、そろそろとどめを刺すでござる』
そんな言葉と共に、今度は鎖の先に重りのついた飛び道具が、影から飛んできた。
写真で見たことがある。これ、鎖鎌の一部だ。
まさか、こんなものまでコレクションしてたっていうの!?
はやちゃんの忍者好き、どんだけやねん!
とまあ、ツッコみたいところではあるけれど、あたしはニッと口の端を上げていた。
次の瞬間、あたしはその一撃を最小限の動きでよけて、鎖鎌の飛んできた方向へ猛然とダッシュする。
分かっちゃったんだ。
はやちゃんが使う、隠遁の術……『常夜隠れ』。
あれを使ってから飛んでくる攻撃は、不可視じゃない上に、共通点がある。
それは、影のある場所からしか飛んでこないということ。
つまり、はやちゃんは、完全に姿を消しているわけじゃない。
物体の作る影と完全に同化して、姿を隠しているだけなんだ。
そして、はやちゃんが手に持っている物でも、一度影から出てしまえば、同化させることはできない。
つまり、飛び道具の飛んできた方向をすぐに追いかければ、おおよそのはやちゃんの居場所はわかる。
あとは、空気を切る音やかすかな呼吸音、わずかに土ぼこりの舞う場所を慎重に、けれど素早く見定めれば――
「うりゃあっ!」
そこに、はやちゃんはいるっ!
こん身のミドルキックを繰り出した足に、確かな手応えを感じた。
同時に、あたしの蹴りが当たった勢いで吹っ飛んだはやちゃんが、体育館の外壁に、したたかに背中をぶつけているのが見えた。
苦しげに咳をするはやちゃん。
――ごめんっ!
内心で謝りつつも、あたしはすぐに、はやちゃんと距離を詰める。
体育館の作り出す影の中にいながらも、術を使って姿を消す余裕のない今なら――
「
真正面から響く冷たい声に、ゾッとして、後ろに大きく飛びすざる。
見れば、ゆらりと幽鬼のように立ち上がったはやちゃんが、また何かの印を結び始めたんだ。
「確かに、術を使ってあちこち移動する体力は、拙者にはもうないでござる」
はやちゃんの周りに、巻物からふき出した黒い霧が、また集まっていく。
「だから、これが最後の一騎打ちでござる。シャトンどの!」
複雑に両手を組み結びながら、はやちゃんが叫ぶ。
その瞳に、一瞬、わずかに光が戻ったような気がした。
「……うんっ!」
彼の言葉に大きく頷いて、あたしは再び、一気に距離を詰めにかかった。
待っててね、はやちゃん。
今、助けるから!
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
呪文を唱えたはやちゃんの周りを漂っていた霧が、空中でいくつもの三日月型の刃に変わる。
それらは全部一様に、上空からも地面すれすれからも、あたしを狙っていた。
「望月流忍術――
瞬間。
浮かび上がった全ての刃が、一斉にあたしに向かって飛んでくる。
あたしはそれをよけることなく、ただひたすらに突っ走った。
腕や脚や脇腹に当たった刃が、ざっくりと切り傷を作る。
けれど、そんな痛みだって、今は我慢できる!
「だああああっ!」
全速力で距離を詰めるあたしに、はやちゃんが目を見開く。
一切攻撃をよけなかったことに、驚いているのかもしれない。
走ってきた勢いを上手く殺して、はやちゃんの目の前でダンッと足を踏み込む。
そして、踏み込んだ足に思い切り力を込めて、飛び上がったあたしは――
「でえりゃあああっ!」
その勢いのまま、ひざ蹴りを繰り出した!
……当たって!
祈りを込めたそれは、狙い通りにはやちゃんのあごを的確に捉えた。
鈍い音がして、はやちゃんの顔が跳ね上がる。
ふわりと軽く後方に浮き上がったあと、地面に叩きつけられたはやちゃん。
彼を取り巻くようにして渦巻いていた黒い霧が、静かに、少しずつ晴れていく。
「えへへ……拙者の、負けでござるな……千春、どの……」
そう言いながら、はやちゃんはゆっくりと目を閉じた。
陽が沈む瞬間の空をあおいで気を失ったはやちゃんは、どこか清々しい表情をしているように見えた。
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