第7章 対決!ねずみ小僧!

夕闇より来たる影

 放課後の学校が、黄昏時のオレンジ色に染められていく。

 校舎の中は、夕陽にさらされてまぶしいほどに明るい場所すらあるのに、それと対照的に、校舎裏は時間帯の割に暗く、深い影が落ちている。

 そんな場所に、相手――ねずみ小僧はいた。


 当たり前だけれど、向こうはあたしの正体を知らないようで、無防備にも日中と同じ制服姿であたしを待っている。

 学ランの下に着た紫色のパーカーは、間違いなく彼のもの。

 ……馬鹿だなあ。

 陰で活躍する忍者にあこがれるくらいなら、せめて覆面でも着けるか、服装を変えてしまえばいいのに。

 ――そうする必要がないのは、何か理由があるから、か。

 なんにせよ、正体がわかっているとはいえ、油断なくかからなきゃ。


 じっちゃんにもらった探偵服に身を包んだ状態で、あたしは呼吸を整える。

 心臓が、今までに感じたことがないほど高鳴っているのを感じながら、平静を装って声をかけた。


「こんにちは……いいえ、もうじき『こんばんは』ですね」


 背後から近付いたあたしの言葉に、がこっちを振り向く。

 猫耳帽子を一度脱いで、あたしは深々とお辞儀をした。

 校舎と木の作り出す濃い影の中から、彼が一歩、日向へ出る。

 影の暗がりにいたせいでよく見えなかった顔立ちが、はっきりと見えてきた。


 同い年の割に、どこか幼い顔立ち。

 ぱっちりとした、猫のそれを思わせる瞳。

 ――左目を覆い隠すように流された、特徴的な前髪。

 やがて完全に明るみに姿を現した彼に、あたしは笑顔を向けた。

 内心、複雑に思っている感情が決してばれないように、上手く取りつくろいながら。




「お招きいただき、ありがとうございます――望月颯君」




 影の中から現れたのは、あたしのとなりの席の友達――はやちゃんだった。

 今日、ここにあたしを招いたのは、彼だ。

 今朝、朝一番に学校に来た時、昇降口に、こんな紙が張り出されていたんだよね。




【怪盗シャトンどの


目的のものを渡すわけには参らぬ

うばいたくば17時、校舎裏にて我と決闘されたし


―― ねずみ小僧】




 これを読んで、あたしはここへ来たってわけだ。

 はやちゃんは、表情一つ変えず、静かにあたしを見つめている。


「ちは――いや、怪盗シャトン、でござったか。どうして、拙者がねずみ小僧だと思ったのでござるか?」


 その問いに、あたしは指折り数えて見解を述べていく。


「まず一つ目。被害者には共通点があった。被害者はみんな、一年生の時に誰かをいじめていた――あるいは今現在、誰かをいじめている人たちばかりだった」

「ほう?」

「二つ目。盗まれたものがどこにあるのか。最初の数件で被害者から盗まれた物は、もともと、今回の被害者が誰かから取り上げた物だった。よってねずみ小僧は、『いじめられている人・いじめられていた人がいじめっ子に取り上げられてしまった物』を盗み出し、元の持ち主に返していたということになる」

「そうなんでござるか。でも、たったそれだけの材料だけでは、拙者がねずみ小僧だという確証は得られないと思うでござるよ?」

「そうだね。だから、次に挙げることが、一番重要なポイントになると思ってくれればいい」


 これを口にするのが、正直、一番つらいんだけど。

 それでも、謎を解き明かしたのなら、それを証明しなければいけない。

 それが、今ひと時、『探偵』として見解を述べているあたしの、なすべきことだから。

 静かに呼吸を整えて、あたしはまた一つ、指を折った。


「三つ目。第一の事件の関係者にして、ねずみ小僧の唯一の目撃者が、望月君――君だったことだよ」


 そう言って、あたしはあるものをかかげる。

 はやちゃんが落とした、黄色いメモ帳だった。


「……それが、どうしたんでござるか」


 いぶかしげな顔をしたはやちゃんに、あたしは続ける。


「望月君は、確かねずみ小僧の手紙が置かれた最初の事件で、自分の物が戻ってきたんだよね?」

「そうでござるな」

「それがミソだよ。周りは誰も、最初の事件に関わっている人間が犯人だなんて、ほとんどの場合は思わない。そういう心理を生かして、君はねずみ小僧だとばれることなく、活動を続けてきたんだ。ねずみ小僧の手で大事な物を取り返してもらった人間が、まさかねずみ小僧自身だなんて、誰も思わないだろうからね?」

「…………」

「ちなみに、ねずみ小僧の詳しい特徴を記録できたのも、望月君だけ。この学校の男子制服に、パーカー。背が低い。髪で目を隠しているっていうのはまあ、望月君自身が特定されやすいリスクもあるから、万が一のことを考えて書かなかったんだろうね」

「そのくらいの特徴なら、誰でも気付けるでござろう」

「ううん、気付けないんだよ」


 はやちゃんの言葉を即座に否定して、あたしは断言する。


「そう、君の活動は、誰にも気付かれない。なぜなら、君が今持っているその巻物の力によって、忍術――恐らくは、気配を消すようなたぐいのものを使うことが出来るから」


 はやちゃんは、何も答えない。


「望月君は忍術を使って、まず自分の存在を消す。それから、いじめっ子の持ち物を探り、いじめっ子が誰かから取り上げた物を取り返し、元の持ち主のもとへ返していた。そして、いじめっ子の机には、『然るべき者のもとへ返された』でしめくくられる手紙を残した。それが、最初に起こった5件の真相」


 そう。

 つまり、ねずみ小僧は――はやちゃんは、初めのほうは、ただ誰かのために、うばわれていた物を取り返していただけだったんだ。


「けれど残りの五件では、ねずみ小僧は、誰かが盗まれた物を返すということをしていない。ただ、いじめを行っている人のもとから、彼らの大切なものを盗み出しただけ。最初の五件と違って、ただの盗みをしただけっていうことになる」


 いじめっ子にうばわれた物を取り返し、元の持ち主へと返していたはずのねずみ小僧。

 それが、どうして、ただいじめっ子たちから盗むだけになってしまったのか?


「これは推測だけど――ねずみ小僧。あなたの中で、目的がすり替わっていたんじゃないかな?」

「目的が?」

「そう。いじめられている人たちの力になるっていう目的から、いじめっ子たちをこらしめるっていう目的にね」


 その言葉に、ねずみ小僧は、大きく目を見開いた。

 ひゅっ、と、息を呑む音が聞こえる。

 あたしたちの間に、重く横たわる静寂。

 夕陽が山向こうに沈み始めた頃、ねずみ小僧は、少しかすれた声で、話し始めた。


「……シャトンどのの、言う通りでござる」


 夕暮れ時の風が、青葉のにおいを運びながら、駆け足で通り過ぎていく。




「拙者が――望月颯こそが、ねずみ小僧でござる」




 本当は聞きたくなかったその告白から、はやちゃんの語りは始まった。



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