第6章 ねずみ小僧=遺産の持ち主?

初めての任務

「ただいまー」


 放課後、重苦しい気持ちを抱えたまま学校から帰ってきたあたしは、じっちゃんの事務所のドアを叩く。

 実は今朝、陽にいと一緒に学校に来る途中で、じっちゃんからの伝言をもらったんだよね。

 なんでも、話があるから学校帰りに事務所へ寄ってほしい、とのことらしい。

 そんなわけで、授業が終わってすぐ、昼休みが終わってからというもの、はやちゃんとは一言もしゃべることなく、こうして事務所に来たのだ。

 程なくしてドアが開くと、いつもの和服姿のじっちゃんが、ランポさんと共に顔を出した。


「よく来たのう、千春。さ、入っておいで」


 じっちゃんはそう言うと、あたしを事務所の中に通してくれた。

 案内されたのは、普段使っている応接室――それも、そこに置かれている暖炉の前。


「よいしょ、と」


 じっちゃんが暖炉をずらすと、この間と同じように重い音がして、床に隠し扉が現れた。

 扉を開けた先には、地下へと続く階段が。

 どうやら、この前動いたのとは反対方向に暖炉をずらすと、スロープじゃなくて階段が現れる仕組みになっていたらしい。


 真っ暗なそこをじっちゃんと二人(ランポさんがいるから二人と一匹だけどね)、慎重に降りて、部屋へと向かう。

 長い廊下を抜けて部屋に入ると、じっちゃんはまず、ソファに座るようにすすめてきた。


「さて、千春。今日お前を呼んだのは、他でもない。怪盗ハンターとしての任務を、お前に与えるためじゃ」

「……っ!」


 ついに来た……!

 息を呑むあたしの前で、じっちゃんは何かが書かれた紙を机の引き出しから取り出す。

 そして、一枚を机の上に置くと、もう一枚をあたしに手渡してきた。


「これは?」

「お前に与える今回の任務の説明じゃよ」


 あたしがたずねると、じっちゃんは、書類に書かれた文章を示しながら、今回の任務について説明してくれた。


 任務に関わっている遺産レガシーは、【忍秘の巻物グリモワール・オブ・ニンジャ】と呼ばれるもの。

 昔活躍したとされる、忍者たちの秘術が記された巻物で、この遺産と契約した人は、なんと本当に忍術を使えるようになるらしい。

 これが、いわゆる、遺産の持つ異能力エフェクトってことだ。


「【忍秘の巻物】と呼ばれる遺産自体は、実は複数確認されておるんじゃよ」

「えっ、そうなん?」


 同じ名前の遺産がいくつも存在するなんてこと、あるんだ。

 ちょっとびっくり。


「うむ。数点は回収もされておるんじゃが、まだ未回収のものも残されておっての」


 なるほど。

 そのうちの一つが、今回の【忍秘の巻物】ってわけか。

 さらに、じっちゃんは、遺産の持つ異能力が発動することの危険性も教えてくれた。


 そもそも、遺産は、何らかの強い願いを持った人間に契約を持ちかけて、その願いのために自分を使わせようとする。

 だから、もしも自分の願いの邪魔をする人がいた場合、遺産の持ち主は、その相手に対してかなり攻撃的になるよう、精神を操作される。

 そして、そうなった時に、遺産の持つ異能力エフェクトは、持ち主の願いを邪魔する人間を排除するために発動してしまうらしい。

 さらに、異能力が、遺産の持ち主の意思とは関係なく暴走してしまうことも、たまにあるみたい。


「遺産の所有者は、遺産の影響で、身体能力も精神力も大幅に強化されることが確認されておる。そうなると、遺産の回収は極めて困難かつ、危険なものになってしまうじゃろう」


 そう話すじっちゃんの表情は、とても深刻そうなもの。

 改めて、あたしがどんなに危険なことをじっちゃんに任されているのか、ようやく実感できた気がした。


「ゆえに、千春。お前には、次のように命じる」


 書類から顔を上げて、じっちゃんは真剣な眼差しで言う。


「怪盗・大宮千春。――いや、そうじゃな。せっかくじゃから、この機会にシャノワールの後継者として、正式な名を――『子猫』の意を持つ名を与えよう」


 一拍。


「怪盗『シャトン』よ。この近辺に存在しているとされる遺産、【忍秘の巻物】のありかを調査せよ。そして、可能であればこれを回収し、わしの元へ届けるのじゃ」


 普段は温厚なじっちゃんが、初めて見せた厳格な表情。


「……はい!」


 思わず背筋が震えそうになるのを感じながら、あたしは頷いた。

 じっちゃんからもらった、『シャトン』という、怪盗としての名前。

 育ち切った黒猫にはなれない、まだ弱々しい子猫。

 まだまだ未熟者なあたしには、ぴったりの名前だ。

 この名前に恥じないように、頑張って遺産のありかを突き止めなきゃ。

 ぐっとこぶしを握って、あたしは自分を鼓舞するように口角を上げた。


 こうして、とうとう始まったんだ。

 あたしの、怪盗としての、初めての任務が。

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