君と仲良くなりたいな

 始業式の日は、だいたいは授業が午前中で終わって、午後はまるまる部活動の時間になると相場が決まっている。

 つまり、特にまだ部活も決めていないあたしは、完全にフリーになるわけだ。


「大宮さん、今からバスケ部の見学に来ない?」

「あっ、ずるい! ねえ大宮さん、陸上部もちょっと見て行きなよ」

「俺たち野球部なんだけどさ、マネージャー募集してるんだ。よかったら、今からでも見学しねえ?」


 ここでも、色んな人たちから声をかけられたけれど――


「ごめん! うち、しばらくはねずみ小僧の調査がしたいねん!」


 両手を合わせて謝る。

 残念そうなため息があちこちから聞こえたけれど、最終的にはみんな、納得したようにうなずいてくれた。


「そっか、大宮さん、ねずみ小僧のこと、捕まえてくれるんだもんね」

「なら仕方ないかー」

「調査、頑張ってくれよな! 名探偵!」


 リュックを背負って教室を出ていこうとする背中に、色んな声がぶつかる。

 こんなに応援されるとは思っていなくて、ちょっと緊張しちゃう。

 ううう、みんなの前で、あんな宣言しなきゃよかったかなあ。

 ちゃんと犯人を見つけられるか、あたしにだって分からないのに。

 しかも、あたし、名探偵じゃなくて、名探偵『見習い』だし。

 でも、言っちゃったものはしょうがないよね。

 ドアの前でみんなを振り返って、あたしはこぶしを突き出した。


「うん! 頑張るわ!」


 じゃあねー、と手を振って、あたしは急いで教室を飛び出した。


「さて、と」


 事件を解決するとは言ったけれど、どうしようかな。

 まずは地道に聞き込みをしたいところだけど、誰をあたろうか。

 とりあえず、適当に校内をうろうろしてみようかと廊下を見渡した、その時だった。


「大宮どの」

「わひゃあっ!?」


 後ろから突然声をかけられて、思わず変な声が出てしまった。

 な、な、何っ!?

 パッとその場を飛びのいて後ろを見れば、そこには、制服の下にパーカーを着て、片目を前髪で隠した男の子が立っていた。


「あれ、望月君?」


 となりの席の、望月もちづきはやて君だ。

 そういえば、今日一日でクラスの色んな人としゃべったけれど、望月君とはあまりしゃべってないな。

 話しかけてくれたの、嬉しいな。ちょっとびっくりしちゃったけど。


「どうしたん?」


 望月君の目――左目が隠れているから、右目だけをのぞき込んでそう言えば、彼は緊張したように一気に顔を赤くしてしまった。

 あの、ええと、としどろもどろになりながら、あっちこっちに視線をさまよわせて、それから、小さくうつむく。


「……学校の、案内……」

「え?」


 ぽつりとつぶやいた言葉に聞き返せば、望月君は大きく息を吸って、吐いて。

 それから、勇気を振りしぼったかのように、こう言った。


「い、今からでも迷惑でなければっ、学校の案内、拙者にさせてほしいでござる!」


 それを聞いた瞬間、あたしは嬉しくって小おどりしそうになった。

 だって、始業式の前は(今もだけどね)恥ずかしそうにしていて、全然こっちを見ようともしてくれなかった望月君が、自分から声をかけてくれたんだもん!

 こんなに嬉しいことってないよ!


「もちろん! むしろ望月君がええな!」


 ガシッと望月君の手を掴んでそう言えば、望月君は口をぱくぱく開けては閉じて、また顔を真っ赤にしてしまった。

 あっ、恥ずかしかったのかな。

 慌てて両手を離せば、望月君はやっぱり照れたように――だけど、嬉しそうに笑ってくれた。


「え、えへへ。よかったでござる。拙者、恥ずかしくて、なかなか大宮どのに話しかけられなくて……始業式も、本当は一緒に体育館に行きたかったんでござるが、大宮どの、みんなに囲まれてて、声をかけられなかったでござるから」


 勇気を出してみて、よかったでござる。

 そう言ってはにかむ望月君が、なんだかとっても健気で、ちょっと泣きそうになった。

 そうだよね、第一印象から恥ずかしがり屋さんなんだろうなあって分かるような人だもん。

 話しかけてくれるのに、ずいぶん勇気がいったよね。

 頑張って話しかけてきてくれて、あたしも嬉しい。


「ありがとうね、望月君!」

「ど、どういたしましてでござる」

「ほんなら、学校案内、よろしくお願いします!」

「! う、うむ! しかとうけたまわったでござる!」


 嬉しそうに、くったくなく笑う望月君。

 こっちでござるよ、と張り切った様子であたしを先導してくれる。

 うん、ねずみ小僧の調査は一旦置いておいて、今日の放課後は望月君との学校巡りを楽しもう。

 だって、せっかく友達になれるかもしれないんだもん。

 今は、このチャンスを大事にしなきゃね!

 そう思いながら、あたしは、カエルのように嬉しそうに跳ねる望月君の背中を、追いかけるのだった。




     ☆




「ここがパソコン教室で、ここが音楽室。あっち側に行ったら、美術室があるでござるよ」

「なるほどねー。特別教室が、だいたい同じところにかたまっとるんや」

「かたまる?」

「ああ、集まっとるって意味!」

「ああー、なるほど。確かにそうでござるな。移動教室と聞けば、だいたいこの辺りに来れば問題ないでござるよ」


 望月君と肩を並べて、学校内のあちこちを見て回る。

 当たり前だけど、前の学校とだいぶ構造が違うから、迷わないようにしなくっちゃ。


「っと、これで一応見て回るところは全部でござるな」

「わざわざありがとうね、望月君」

「このくらい、お安いご用でござるよ!」


 得意げに笑う望月君。

 もうすっかり緊張はしていないらしくて、ころころ色んな表情を見せてくれている。

 あたしが京都にいた頃の話をすると、大げさに驚いてみたり、涙を流してひいひい笑ってみたり。

 望月君って、恥ずかしがり屋ではあるみたいだけど、本当は表情豊かなんだなあ。

 話していて、とっても楽しい。

 このままの勢いで聞けないだろうかと、あたしは、望月君に気になっていたことをたずねてみた。


「望月君はさ、なんでそんな話し方なん? 『拙者』とか『ござる』とか」

「あっ」


 すると、望月君は今さら思い出したかのように、あわあわと顔の前で両手を振って「えっと」「これはその」とあわてたように言った。


「……くせなんでござるよ。小さい頃からの」

「そうなんや。恥ずかしがらんでもええと思うけどなあ。うちは好きやで? その話し方」

「ほ、ほんとでござるか?」

「ほんま! ね、もしかして好きやったりするん? 忍者とか、侍とか」


 あたしがそうたずねると、望月君は興奮したように答えた。


「好きも何も、忍者は拙者のあこがれでござるよ! 霧隠才蔵に猿飛佐助、どの時代のどの忍者を取っても、本当にカッコいいでござる!」

「分かる! マンガとかアニメで見とるだけでもカッコええなあってなるもん!」

「そうでござろう!? 主君の命を受け、颯爽と夜の街を駆け、秘密裏に任務をこなす! くううっ……拙者もできることなら、同じ時代に生きてその活躍を拝みたかったくらいでござる! いやでも、忍者が活動しているところを目撃されているようでは駄目でござるが」


 そんなふうに話す望月君の目は、まるで星がまたたいているかのように、ぴかぴか、きらきらと光っていて、とても楽しそう。

 本当に、心の底から忍者が好きなんだと、今の短い会話でも伝わってくる。


「ほんまに、大好きなんやねえ、忍者」

「そうなんでござる! だから拙者も、ついこんな話し方になってしまったのであるからして」

「……ふふふっ」

「な、何かおかしいでござるか?」

「ううん、おかしいんじゃなくて」


 ゆるく首を横に振って、それから、また笑顔を向ける。


「好きなものっていうか、あこがれている人……忍者のことを話しとる時の望月君、キラキラしとって素敵やなあって思って」


 そう言うと、望月君は「え」と驚いたようにぽかんと口を開いて、それから、照れたようにはにかんだ。


「そう言ってもらえるのは、嬉しいでござるなあ」


 その笑顔は、パンケーキみたいにふわふわやわらかくって、もっと見ていたくなるような表情だった。


 だからかな。

 唐突に思われるかもしれないけど、あたしは、ふくらんだ気持ちを、どうしても伝えたくなったんだ。


「ね、望月君」

「なんでござるか?」

「こんなこと、改めて言うんも変やと思うけどさ」

「ふむふむ」


 すうっと息を吸って、一拍。


「よかったら、うちと友達になってくれへんかな?」


 望月君と、もっとおしゃべりがしたい。

 もっともっと、望月君のことが知りたい。

 好きなもの。嫌いなもの。

 どんな教科が好きで、どんな教科が苦手なのか。

 お気に入りの場所はどこ?

 将来の夢は何?

 考え始めたら、望月君に聞きたいことが、あとからあとからわいてきて、止まらない。

 やっぱり、ちゃんと友達になって、そんな他愛もないお話を、たくさんしたい。


 望月君は、いっぱいに目を見開いて、それから、おどおどと視線をさまよわせた後、


「……いいんでござるか?」


 ぽそりと、そうつぶやいた。


「拙者、正直クラスじゃ変人扱いされてるんでござるよ?」

「へえ?」

「みんなから、ちょっとさけられているような人間でござるよ?」

「そうなんや」

「それでも、いいんでござるか?」


 不安そうにする望月君の瞳が、ちょっぴり泣き出しそうに揺れている。

 けれど、あたしは拒絶しなかった。

 だって、いいも何も――


「うちが、友達になりたいの!」


 ぎゅっと望月君の手を握って、めいっぱいの笑顔で言う。

 握りしめた手が、一瞬だけぴくりと強張って、それから少しだけ顔がうつむいて。

 やがて、顔を上げた望月君は、目じりにちょっとだけ涙を浮かべて、うなずいた。


「よろしく、お頼み申し上げるでござる! 大宮どの!」


 その笑顔は、今日見た中で一番の、まぶしい笑顔だった。

 あたしもそれに応えるようにして、握った手の形を変える。

 一方的に握りしめるんじゃなくて、お互いに、握手をするような形に。


「千春って呼んでよね、望月君」


 だって、せっかく友達になるのなら、名字で呼び合うのは、さびしいでしょ?

 そう言うと、望月君は、ぱっと目を輝かせて、何度も大きくうなずいた。


「じゃあじゃあ! 拙者のことも名前で呼んでほしいでござるよ、千春どの!」

「んー、じゃあ、颯君やね! ……いや、せっかく颯君があだ名で呼んでくれるんやから、うちもあだ名で呼びたい……」


 望月……颯……はやて、かあ。


 ――あっ!




「『はやちゃん』!」




 うん。結構いい響きだと思う。


「お呼びでござるか? 千春どの!」


 どうかな、とたずねる前に、はやちゃんは、にいっと笑ってそう答えてくれた。

 それが、颯君――はやちゃんの、答えだったんだ。




 こうして、あたしには、転校初日から、新しい友達ができた。

 忍者にあこがれている、ちょっと変わっているけれど、面白い友達が。

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