第4章 不思議なうわさと、忍者くん
新学期と、不思議なうわさ
「はい、皆さん静かに」
先生の声に、教室に満ちていたざわめきが、少しずつ消えていく。
あたしを見る、クラスの人たちの視線は、心なしか好奇心に満ちているような気がする。
宮ノ代第二中学校、2年2組。
それが、あたしの新しい学校生活のスタート地点だった。
友達、いっぱいできるかな。
勉強、今まで通りになんとかついていければいいな。
そんな期待と不安で、ドキドキと胸が高鳴った。
「今日は、中学2年生に進級する節目となる日ですね。おはようございます。そして、本日、そんな大切な日に、新しくこの学年の一員になる人がやってきました」
ていねいなあいさつのあとで、先生があたしを見てにっこり笑う。
先生にうなずいて、あたしはまず、黒板にでかでかと名前を書いていく。
それから、どこかそわそわした様子の、クラスの人たちを振り返った。
「大宮千春、です! 京都から引っこしてきました。よろしくお願いします!」
深々とお辞儀をした勢いで、帽子が脱げそうになるのを慌てて押さえる。
そうっと顔を上げていくと、どこからかまばらな拍手が起こった。
それが一気に教室中に広がっていくのを聞きながら、少しほっとする。
よかった~、一応、歓迎されてはいるみたい。
「席替えがあるまでは、一番後ろに座ってね。となりの席は……望月君ね。慣れるまで、大宮さんに学校のこと、いろいろ教えてあげてね」
望月君。
先生の呼んだ人が気になって、さっと視線を巡らせる。
その人のことは、すぐに分かった。
空席になっている、窓際にあるあたしの机のとなり。
さらさらの黒髪で左目を隠した男の子が、先生の言葉にうなずいたのが見えたから。
小走りに自分の席に向かっていって、机にカバンを置く。それから、望月君――と呼ばれた男の子に話しかけた。
「よろしくね、望月君!」
「よ、よろしくでござる」
人と話すのが苦手なのか、視線を逸らしてぼそぼそと答える望月君。
その周りに、一瞬、どす黒い霧のような何かが見えたような気がした。
「……?」
何だろう。
ものすごくほこりが舞っていた……わけではなさそうだけれど。
ごしごしと目をこすって、もう一度望月君を見た時、その霧のようなものは、もう見えなくなっていた。
……気のせいなのかな。
少し気がかりだったけれど、変に思われるのも嫌だし、本人には聞かないでおくことにした。
っていうか、さっき、ござるって言った? 言ったよね!?
その語尾めっちゃ気になりすぎるんやけど!
「それじゃあ、始業式が始まるから体育館へ移動しましょう」
でも、望月君に話しかけようとするより先に、体育館に向かうように先生から言われてしまった。
残念だけど、お話をするのは始業式の後かなあ。
「大宮さん! 体育館、こっちだよ」
「よかったら一緒に行かない? 体育館に着くまでお話ししようよ」
席を立つと、待ってましたとばかりに近くの席の子たちが話しかけてくる。
「あっ、うん! ありがとう!」
そう答えながらも、望月君のことが気になって仕方がない。
ちらっととなりの席を見れば、先に体育館に行ってしまったのか、望月君の姿はもうなかった。ちょっと残念。
それでも、色んな人が話しかけてくれたのが嬉しいから、あたしはその子たちと連れ立って教室を出た。
「…………」
そんなあたしの背中を、誰かがじっと見つめているなんてことには、全然気付かずに。
☆
「大宮さん、前は京都に住んでいたんでしょ?」
「うん、せやで!」
「京都弁っていうか、関西弁? 可愛いね~!」
「そうかなあ? でも、そう言うてもらえたら嬉しいわあ」
「その帽子ってどこで買ったの? 猫耳がついてるのなんて珍しいよね」
「せやろせやろ? じっちゃんが、一昨年の誕生日にくれてん!」
「じっちゃん?」
「あ、じっちゃんっていうのはおじいちゃんのことで……」
始業式が終わって、ホームルームが始まる前の少しの休み時間。
さっそく、あたしの机の周りにはたくさんの人が押し寄せてきた。
京都にいた時も、転校生が来るとこんなふうに盛り上がっていたけれど、いざ自分がその中心になると、ちょっと恥ずかしいなあ。
ちょっぴり照れながらも、クラスの人たちとおしゃべりを楽しんでいた時だった。
「そういえば、大宮さん。ここに来てすぐでなんだけれど、『ねずみ小僧』には気をつけてね」
「へ?」
誰かが言った、突拍子もないような話に、思わず目を丸くした。
ねずみ小僧って、あのねずみ小僧?
江戸時代に生きていたっていう義賊の、
「なあ、そのねずみ小僧って、泥棒のねずみ小僧?」
興味津々とたずねてみれば、その子はしれっと「そうだよ」とうなずいた。
ええええ、学校に泥棒がいるってこと!?
それって、外から誰かが入ってくるっていうこと?
それとも、学校内の誰かがねずみ小僧っていうこと?
あーん、気になるよー!
名探偵見習いの血がうずうずしちゃうよ!
「ねえ、その『ねずみ小僧』の話、もうちょっと詳しく聞かせてくれへん?」
「え? うん。いいよ」
なんで? っていう顔をしながらも、最初にねずみ小僧の話をした子をはじめとして、色んな人たちが、ねずみ小僧のことを教えてくれた。
なんでも、3月の半ばごろから、週に1回程度のペースで、学年を問わず、色んな人が持ち物を盗まれているらしい。
「実はあたしも持ち物が盗られたんだけどさ、こんな手紙が机に入ってたんだよね」
あたしの周りに集まった人たちの一人が、一通の手紙を差し出してくる。
「見てもええの?」
「うん。困るものでもないしさ」
「そっか、ありがとう」
特別しぶる様子も見せないその子にお礼を言って、あたしはその手紙をまじまじと見つめた。
なんの変哲もない茶封筒だ。
送り主も、あて先も書かれていない。
そうっと封筒を開ければ、中にはこれまたシンプルな、白い便せんが1枚だけ入っている。
そこに書かれていたのは、たったこれだけ。
【ネコロビクマのシャープペンシルは、ねずみ小僧が預かった】
【ねずみ小僧】
「……なんやこれ」
思わず、ぽかんと口が開いてしまう。
犯行声明……とはちょっと違うし。
怪盗ものの小説じゃよくあるような、「○○はいただきました」っていう、あの手紙みたいだ。
ちなみに、ネコロビクマっていうのは、最近人気のゆるキャラのことね。
「これ、このクラスで他にもらった人はおるん?」
そうたずねると、今手紙を見せてくれた子の他に、何人かの手が挙がった。
「俺は、ノートが盗まれてた」
「私はお気に入りのキーホルダーがなくなってたの」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
なるほど。
被害の規模は、思った以上に大きいのかもしれない。
「うん、ありがとう。そっかあ、ねずみ小僧かあ」
ちょっと気になるなあ。
気を付けてね、と言われるくらいだから、あんまり首を突っ込まないほうがいいんだろうけど。
でも、やっぱり調べずにはいられないよね!
なんて言ったって、あたしは、『名探偵見習い兼怪盗』なんだから!
「なあ、お願いがあるんやけど」
「何?」
「ねずみ小僧のことで、みんなが知っとることがあったら、うちに教えてくれへん?」
あたしがそう言うと、みんなは顔を見合わせて「なんでだろう」「わかんない」と言い合ったり、けげんそうな顔をしたりと色んな反応を見せた。総じて、戸惑っているような感じではあったけれど。
「大宮さん、何でそんなにねずみ小僧のことが気になるの?」
誰かが、不思議そうにそうたずねてくる。
ふっふっふ、その問いを待ってました!
こっそり持ってきていた、猫型のルーペを鞄から取り出して、あたしは言う。
「なんてったって、うちは名探偵の孫で、名探偵見習いやからね!」
あたしの言葉に、ざわつく教室。
そんな中、あたしは勢いよく立ち上がって、空中にルーペをビシッと突き付けて、声高に宣言する!
「この事件、絶対解決するで。じっちゃんの名にかけちゃったりなんかして!」
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