第6話 ✳︎きっかけ
「おはよう」
月曜日の朝、憂鬱な気持ちで会社のエレベーターを待っている時、聞き慣れた声がして振り返ると、コンビニのアイスコーヒーを片手に持っている康太の姿があった。この寒いのにアイスかよと突っ込みたくなったが、それよりも気になることがあってスルーした。
「お前金曜日どうだったんだよ」
僕たちがティンダーで女の子を集めて飲み会をした日、二次会のカラオケの途中で康太はとある女の子と消えた。僕たち3人と、二次会に来てくれた他の女の子2人は朝までカラオケで盛り上がり、締めのラーメンを食べて帰った。その後何事もなかったかのように8人のグループラインが出来上がり、1人ひとことお礼を言った後誰も何も発さず、連絡先の交換だけが目的となったそのラインのグループを僕はすぐに 非表示 にしていた。康太は待ってましたと言わんばかりに鼻の穴を膨らませ、持っていたアイスコーヒーを飲む。
「そゆことだ」
そうだろうとは思ったが特に何もわからないままエレベーターが来て乗り込む。他の人も乗っているので会話はできず、階が違うので康太は先に降りた。席に着く前にトイレにより、個室の中でスマートフォンを開くと、金曜日のメンバー4人のラインに康太からメッセージが届いていた。
『金曜は最高だったわ〜またやろうな。ティンダーコン笑 みんなはあの後どうだった?』
『俺実は今度みなみちゃんとデートのアポ取ってる』
みなみちゃんとは二次会に参加せず終電で帰った女の子だ。終始烏龍茶を飲んでいて、顔も普通、細身だったことは印象に残っているが、雰囲気も大人しそうな子で積極的に言葉を発しなかったためあまり記憶に残らなかった。だから直也からその言葉が出たときは驚いた。そもそも今までの直也のタイプではないからだ。
『みなみって誰だっけ?笑 康太、俺もまいちゃんに連絡していい?笑』
良一が不毛な質問を投げる。まいちゃんとは、康太と一緒に消えた女の子だ。良一もよくやるなと関心する。他人のタバコがうまいわけだ。
『みなみちゃんは烏龍茶の子!あっちから連絡来たんだよ、驚いた笑』
『まじか!笑』
一同驚く。そんな積極的な子には到底見えなかったし、そもそもつまらないのかなと少し心配したくらいだった。全く、人は見かけによらないなと思った。僕は誰にも連絡したいとも思わなかったし、特に誰からも連絡が来なかった。みんながそれぞれいい思いをしたのだからそれでいい。それに、特に何かしたいとも思わなかった。ただ、こうやって同僚と飲むことや、はじめましての女の子と飲むことは楽しいと思う。
僕は何気なく、再インストールしたティンダーを開いてみた。もう用済みのためアンインストールしてもよかったのだが、それを忘れていた。すると、いくつかメッセージが届いていた。アイコンの写真はどれもアプリの効果で実物とは違うとわかっていても、中には数人 可愛いな と思うことがあり、可愛い子からメッセージが来ることの喜びがあることを実感する。その中の1人の子に何気なくメッセージを返してみた。実名もわからない子とのアプリの中でのやりとり。最近忘れていた何かを取り戻した気がした。ドキドキやワクワク トイレの中で僕はその気持ちがあることに気づく。
『今日同期の誕生日で、急遽お祝いすることになったから飲んで帰るね』
トイレを出ようとしたとき、彼女からLINEが届いた。1人の夜はラーメンを食べて帰ったりスーパーの惣菜を買って食べる事も多かったが、家で1人彼女の帰りを待つのはあまり好きではないため、極力彼女の予定がある日には予定を入れるようにしている。突然できた暇な時間と、メッセージを送ってきた知らない女の子。答えはひとつだった。
20:30の新宿駅。僕は会ったこともない女の子を待っている。
たまたま向こうの都合もよく当日に飲みに行くこととなったのだが、僕としては1人で寂しい時間を過ごさなくて良くなったわけであるし、終電で帰ればなんの問題もないわけだ。どんな子が現れるのかドキドキしながら、実はアプリを使ってデートをするのは初めてではないためどこか懐かしい気持ちに浸っていると、ショートカットで少し目の離れた女性から話しかけられた。
「はじめまして、みねさんですか?」
やはり僕の見ていた写真はアプリの効果を駆使しており、同一人物であることはわかるものの、お世辞にも 可愛い とは言えず若干心が淀むのを感じたが、悟られないよう平然を装う。
「はい、ゆきさんですか?宜しくお願いします。」
僕はなるべく相手の顔を見ないよう少し斜め前を歩き、さっき予約したイタリアン系バルへ向かう。まだ店にも着いていないのに、家で惣菜とビールを飲みながらテレビでも見ていればよかったと思う僕の心を盛り上げるよう、足取りは軽やかにしてみせた。
「今日寒いですね」
本当だよ早く帰ろう とは出会って1分の女性に対して言えるわけもなく、しかしだからといって気の利いたことも言えず「そうですね」とだけ返した。まだ月曜日だというのに、今日という日がとてつもなく長く感じる。すれ違う男女はどんな気持ちで歩いているのだろうか。夜の新宿は明るいネオンで輝いている。
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