第4話 ✳︎はじめまして

薄暗い店内はお洒落な照明が少しと、テーブルの上に置かれたLEDのろうそくで光を演出している。キッチンの目の前のカウンター席では、ぴったりとしたニットのロングワンピースを着た色っぽい女性と、スーツを着たガタイの良い男性が至近距離で見つめ合い語り合ったり、若い男2人がビールを飲んでいたりと、客層は様々である。細い螺旋階段を上がると、半個室のテーブルで数名のグループが楽しそうに会話をしていて、そんな彼らの横を通り過ぎた一番奥、黒い引き戸の扉を開けて入る個室席に僕たちは案内された。みんなで顔を見合わせ、少しにやける。


案内された個室席は、扉を開けて左側に部屋が広がっていて、カラオケルームのようにコの字型にソファが並んでいる。背が低くて丸いテーブルが3つ置かれていて、料理を食べる席にしては少しテーブルが小さいようにも感じた。扉の反対の壁側のソファは少し長く、対面に座る人がいないのが少し寂しい。お誕生日席には丸い動く椅子が1個だけ、置いてある。


一番奥の、丸い動く椅子の反対に良一がまず座り、扉の横に康太、その対面に直也、そして一番端の扉の目の前に僕が座った。


「お飲み物お揃いになってからにいたしますか?」


ほぼ金髪の髪を後ろの方でまとめた耳にピアスの穴だらけの女性店員が聞く。


「はい、そうします」


「かしこまりましたー。失礼いたします」


だるそうな口調でそう言うと、引き戸をゆっくりと閉めて笑顔でその場を去る。


「いやー、ここ空いててよかったな」


ソファに置かれたクッションを抱え、キョロキョロと辺りを見渡しながら康太が言った。


「俺らみたいにドタキャンされた可哀想なメンズが泣く泣くキャンセルしたんだろーなー」


どかっとソファにもたれかかり、2人分くらいの幅を取って座っている良一が楽しそうに言うと、一同共感の反応を示す。直也が右手でタバコを取り出し、灰皿をさがそうと身を乗り出した時、さっきまで康太が抱いていたクッションが直也の方に勢いよく飛んだ。


「全席禁煙でーす」


直也が驚いた拍子にタバコが床に落ちる。


「おい!最後の1本だったんだぞ!」


その間に良一が落ちたタバコを拾う。


「いただきまあす」


「いいよ、んなもん、やるよ。」


直也はさっきもらってそのままにしていた粒ガムをポケットから取り出し口の中に放り投げると、長い足を組み、少しふてくされた表情でスマートフォンをいじりながら、横に座る僕に顔を向けることなく言葉を発した。


「ところで、女の子いつ頃着くって?  うわー くそっ」


ゲームが上手くいかなかったのか心の声が漏れる。


「多分もう2.3分じゃないかな?」


僕はティンダーのアプリを開き、再びメッセージを確認する。


「あ、たった今着いたって。予約名なんだって聞かれてる」


僕の一言でみんなが緊張し出したのがわかる。康太はさっきよりもキョロキョロ辺りを見回し、クッションを抱えたり退けたりしてているし、良一は急にきちんと座り直していて、まるで窮屈な電車の座席で座っているかのように小さくなった。直也は、相変わらず表情も変えずにスマホをいじっているが、どうやらゲームは中断したようだ。


「"嶺"で予約したわ、そういえば」

「俺の名前?!」

「うん、お前が幹事じゃん」

「幹事って...まあそうだけど」


康太のドヤ顔がいつもの3倍はふてぶてしく見える。そして、そのドヤ顔を今度は良一に向けた。


「良一、迎え行ってこいよ」

「え?!俺?!一番奥の席で出にくいからやだ!」


そうこうしているうちに、女性のキャッキャした声がだんだんと大きくなってくるのを感じる。一同生唾を飲み込む。こんなに緊張したのは久しぶりだ。


ゆっくりと、黒い扉が開く。だいぶスローモーションに感じる。そして扉の目の前に座っている僕は、一番初めに先程の女性店員と目が合った。扉の奥を心待ちにしていたみたいでなんだか恥ずかしい。


「こちらです」


全員が期待できる胸を膨らませているのが、空気感から伝わる。再び生唾を飲み込む。


「お待たせしました!」


最初に入ってきたのは、おそらく僕がやり取りしていた女の子であろう。アプリの写真は加工されているのか少し違った印象を受けるがおそらくその子だ。


1人ずつ、康太の指示で奥から座っていく。


「君ここ、君ここ、君ここ、君ここ」


ちょうど男女が交互に座る形となり、僕が座っていた席は定員の指示で荷物置きになった。


「お飲み物は何になさいますか」


「生以外の人?」


康太が仕切る。


「はい...わたしウーロン茶で」


僕の対面に座った女の子だけが生以外を頼む。


「生7つとウーロン茶1つお願いします」


「かしこまりました、お料理の準備させていただきます。」


よく見るととても肌の綺麗な女性店員が愛想笑いを振りまいて立ち去る。一同扉に注目し、しばらくの間微妙な沈黙が流れる。


「はじめまして。自己紹介はお酒が来てからの方がいいかな?今日は急だったのにわざわざありがとう!」


康太が沈黙を破った。


男性陣の ありがとう と女性陣の そんなことないです、とんでもないです、こちらこそ が空間に混ざり合う。それを合図に各々隣の異性と意味のないその場しのぎの会話を始めた時、黒い扉のノックオンが聞こえた。


「お待たせいたしました。お飲み物失礼いたします。」

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