第2話 ✳︎出会い系サイト
「ドタキャンされたー!」
むっちりとした腕を頭の後ろで組み、大きく後ろへのけぞった、天然パーマに見えて実は人口パーマのこの男は僕の職場の同僚 岸野康太だ。名前だけ聞けばジャニーズにでもいそうであるが、姿形や言動はむしろお笑い芸人、気さくで恥ずかしげもなく冗談やお世辞を言ってのける生粋の女好きである。大学までラグビーをしていたという筋肉質であろう身体の上に、一枚贅肉の上着をまとってしまい、もはや筋肉の面影はない。
「え?!このタイミングで!!?」
液晶画面がバリバリに割れた2バージョン程前のスマホから目を逸らし、切れ長の綺麗な目で康太を見つめる、地方の国立大学バレー部出身の、細身高身長塩顔イケメンは 今西直也 同じく僕の職場の同僚だ。
「そうなんだよーもっと早く言ってくれよなあ」
康太は飲み干したアイスコーヒーの氷を不機嫌そうにかき混ぜ、もう無いその液体を音を立てながらストローで吸い込んでから、大きなため息を一つついた。
「良一にもLINE入れてあげないとなー、あいつ横浜だっけ?もう向かってるかな?」
直也は再びバリバリの液晶画面に視線を移し、長い指で素早くメッセージを打つ。数秒程でテーブルの上に置かれた2つのスマホがそれぞれ反応する。実家の犬が待ち受けになっている康太のスマホはボヤッと明るくなり、新着メッセージがありますの通知を知らせ、液晶画面を下に向けてある、真っ黒なカバーをまとった新型スマホは机にバイブレーションの振動を伝えた。
「直也サンキュー」
康太は再び大きく後ろにのけぞり、大きく両腕で伸びをした。
「なんで今更キャンセル?1ヶ月前から決まってたことじゃん?」
良一とのやりとりをしながら直也が聞く。僕らのスマホはメッセージを受信するたびそれぞれの反応を示す。
「なんか2人急に来れなくなって人が集まらないんだと。ほんとかよーて感じだよなあ、もっと早く言ってくれたら他の女の子に声かけたのになあ」
一層どんよりとした空気が流れる。
「良一もう駅着いたからここ来るって」
「まじか、ほんとタイミングの悪いやつだなあ」
ケラケラと少し笑いが起き、どんよりとした空気が一瞬消えた。
僕たちは集合時間の1時間ほど前から店近くのカフェで作戦会議ならぬ妄想会議を繰り広げようとしていたところ、相手側の幹事の女の子から、こちら側の幹事である康太へキャンセルの連絡が入ったのである。僕は、インフルエンザを発症し来られなくなった欠員の代打で急遽昨日声をかけられた為さほどダメージはないが、他3人はそうもいかないらしい。それぞれ皆、今日のためにジムに通ったり、スーツを慎重したり、それなりに準備してきているはずだ。
「うぃーす」
僕の横に誰かがどかっと座る。
「お疲れさん」
直也が胸ポケットからマルボロのメンソールを2本取り出し、1本差し出す。
「くう〜やっぱもらいタバコは上手いよなあ、禁煙中だけどな」
またもケラケラと笑いが起き、さらに空気が和むのを肌で感じる。
僕の隣のこの男も、職場の同僚 萩良一だ。大学まで野球部に所属しており、未だに週2でジム通いをしているためワイシャツ越しでもかなりの良い身体であることがわかる。日焼けした肌に真っ白な歯が一層目立つ。
「今から店キャンセルできっかなー?」
電話をかけながら康太が呟く。
「解散ってのもなんだし、今日は男4人でしっぽり飲みますか〜」
一服した良一が左手でタバコを潰しながら、右手で居酒屋を検索し始める。
「〜はい、すみません。宜しくお願い致します。」
そう言いながら康太は右手の親指を立て、僕にウインクをした。どうやらキャンセル料金を取られずにキャンセルできることになったらしい。
「康太サンキュー」
2本目のタバコを吸いながら直也がお礼を言う。
「相席屋でも行くか〜」
さっきまで男4人でしっぽりと言っていたはずが、結局せっかくの金曜日にそんなことはしたく無いらしく、居酒屋を探すのをやめ、さっき買ったばかりであろう粒ガムを開け始めた。ちゃんと全員に配る所が彼らしい。
「相席屋なー俺先週行ったけど、可愛い子居ないわ金取られるわで痛い目みたんだよなー。クラブはどうよ?久しぶりにさー」
康太が椅子に座りながら上半身を踊らせる。
「でも移動すんのもダルくね?タクるっても結構あるしさ」
直也はいつの間にかスマホを横にしてゲームをしている。スロットが大好きでインドア派の直也にとって、今から移動するのはアリかナシかと言ったら、無しらしい。康太は目をつぶって未だに踊っている。
「男4人もなし、相席屋もクラブも無しってなったらもうナンパしかないでしょ!」
男4人がいつ無しになったのかはわからないが、良一にはナンパしか選択肢が残っていないらしい。彼は昔から大学の部活仲間とナンパで女の子を捕まえていたと言う武勇伝を語っていたが、正直僕は人が見ている前で女の子に声を掛けるなんて恥ずかしくてできたもんじゃ無い。惨めに断られるに決まっているし、ましてや知り合いの1人や2人居るかもしれない銀座では尚更だ。そんなことは罰ゲームでも絶対にやりたく無い。
「そういえば」
ゲームをしたまま直也が続ける。
「俺の部の先輩がこの前、ティンダーで女の子用意したって言ってたわ」
ティンダーとは最近流行っている出会い系サイトで、そのアプリをインストールしている人との距離感が分かるという特徴がある。つまり、アプリをインストールしている銀座に居る子を探してメッセージを送ることができると言うわけだ。
「でも4人も集まると思うか?」
康太は踊るのをやめ、いつになく真剣な表情を見せた。
「意外とここ、ナンパ待ちの子たちが多いって言うじゃん。でも、得体の知れない男にナンパされてもなかなか付いていけないけど、あらかじめステータスがわかってたらどう?1:1で会うためのアプリを使ってるような子だよ?コンパの予定でも無い限りこっち来るでしょ!」
直也もスマホを置き、負けじと真面目に答える。
「それはアリよりのアリ。最悪2:2に分かれてもよくね?」
良一が直也に右手を差し出し、タバコくれの合図をするが、振り払われる。
「確かにい〜なんで思いつかなかったんだ!それ名案だわ直也!」
康太が鼻の穴を膨らます。
「この辺にいる子片っ端からメッセージ送って反応したら声あげよう。2人組か4人組だったら...ドカンだね」
良一が指をピストルの形にし、康太を打つ真似をして見せる。康太もそれに合わせて打たれた振りをする。お前ら何やってんだよ、という和やかな笑いがまた広がる。
「てかさ、これ、同じ女の子にメッセージ送ってたらどーすんだよ」
スマホを操作しながら康太が呟く。
「お前がダメでも俺ならって事があるかもしれないだろ?その逆も然り」
「はいはいそーですねーイケメン直也さんですもんねー」
そんなやり取りを横目に、僕もアプリを再インストールする。しばらく使っていなかったが、数件メッセージが来ていて少し顔がほころぶ。ステータスだって写真だって本物かわからないのに、それを本当だと信じてメッセージを送る。期待通りの人物が現れるのかはたまた期待以上なのか、そのドキドキがアプリにはあると思う。ひと昔まではあり得なかった出会い方がこうも当たり前になっている世の中に驚きもせず、ただ時代の流れに身を任せる。
「あっ」
僕が声を上げるとみんなが一斉にこっちを向いた。視聴率100%だ。
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