第22話「幽気」
「行く気になったか、アシュ」
だが、その装備を整えた姿でいるアシュやルーシーを見つめているランヴァーの顔には、微妙な警戒心がある。
「まぁな……」
「遊びじゃないぞ?」
「誰に言っている?」
「お前とルーシー、二人にだ」
だとしたら、そこの露店でスープを注文している老魔術師「デニム」にも言うんだなと、アシュは言いかけたが。
「まあ、俺が気にすることじゃないよな……」
そのジイサンが何の為に第四階層へ降りるという冒険に加わったのかは解らないが、ランヴァーが良しと判断したことだ。
「買い物は済んでいるか、皆?」
「大丈夫よ」
「そうかい、ルーシー……」
白々しく片目を瞑ってみせるルーシーを一瞥したランヴァーは、調整し直したらしい板金鎧にその手を置きつつに。
「ジイサンがスープを飲み終わったら、出発するぞ」
と、朝の光が照りつく街の広場、そこの中央噴水の縁へと腰をかけた。
「なあ、ランヴァー」
「何だ、アシュ?」
「お前はやはり」
アシュもまた、噴水脇にと腰を掛け、彼ランヴァーとその目線を合わせながら。
「ヒーローになりたいのか?」
かねてからの疑問、それを口にする。
「……悪いか?」
「悪いとはいわねぇが、無茶だと思う」
「だったら、アシュ」
少し不機嫌になったらしきランヴァーはそのまま姿勢を正し、アシュの顔を実と見つめる。
「俺たちは、いつまで死体漁りをやればいい?」
「……」
「死ぬまでか、年老いて身体が動かなくなるまでか?」
「そこまで考えられる身分か、俺達は?」
そう、アシュが言葉を告げた途端、ランヴァーはその顔をしかめ、何かを諦めたかのようにその首を振る。
「向上心も失ったあなたに、ランヴァーさんを責める資格はないわ」
「フン……」
その話を聞いていたヘレン、女僧侶がランヴァーをかばうように発した台詞にも。
「お偉い事だよ、お前たちは……」
アシュは単に、鼻で笑うのみだ。
――――――
「やっぱり、この前みたいに」
今回の先頭はルーシー、カンテラを片手に持ち斥候の役目を果たしている彼女が。
「中央から突破するの、ランヴァー?」
「ああ、そしてそのまま第三階層の辺りまで突っ切る」
発した疑問に、ランヴァーは迷いもせずにそうキッパリと答えた。
「で、第三階層で休むわけね」
第一階層の中央吊り橋を渡りながら、隊列の真ん中にいるヘレンからの問いに、ランヴァーは今度は声を出さずに軽く顎を引いて答えた。
「じゃあ、第三階層であの暑い中休憩するわけか」
「ワシの魔法があるじゃろ、若いの」
「俺の名はアシュだ、じいさん」
第二階層へと降りる階段、墓場の匂いが漂うその階段の前でそう囁き合うアシュと魔術師デニムをランヴァーは無言で睨み付けた後。
「お、おいランヴァー……」
「つまらない」言葉を言い続けるアシュ達を無視して、ルーシーを先頭に階段を降りていった。
「何をイライラしてんだか、あいつは……」
「さぁてのう……」
「デニムじいさん、あんたランヴァーとは付き合いが長いのか?」
「そうだな、五年といった所か」
「ならば、俺よりは長いな」
いや、それ以前にランヴァーがこの迷宮付近に五年近くいたことさえ、アシュは知らなかった事だ。
「あいつ、燻っていたのかな……」
――――――
第二階層へと降り、それから第三階層へと直線ルートを往く、幸いな事に今のところ特に大きな問題はない。一回ゾンビの群れと出会ったが、ヘレンのディスペルにより容易く浄化された。
「さあ、いよいよ第三階層だ」
先頭付近にと立つランヴァーがそう宣言すると、彼はデニムじいさんの方にと振り向き。
「耐熱の魔法をかけてくれ、第三階層に降りた時点で、少し休む」
「解った、わかった……」
やや鋭い視線、それを老魔術師にと向けながら言い放った。
「第三階層での隊列はどうするか、ランヴァー?」
「今まで通り、ルーシーが前で俺がその後ろ、次にお前達が来てヘレンが最後だ」
「ん?」
「どうした、アシュ?」
「いや、なんでも……」
第三階層へと降りる階段、その奥からの熱気と硫黄の臭いに眉を潜めながら、アシュは。
「何か……」
ランヴァーの今の言い分、それに妙なニュアンスが込められているように感じた。
「まあ、俺の気のせいだよな」
「何を言っているのよ、アシュ?」
「なんでもねぇよ、ヘレン」
第三階層へと降りる階段、徐々に気温が増してくる中、ランヴァーもそうだがチェインメイルを身に付けているヘレンは身体に答えているようだ。上着の胸元を軽く開けている。
「さて……」
第三階層、熱に包まれたその空間の中で、ルーシーとデニムは「魔物避け」の魔方陣を描くためのチョークを取り出し、陣を張る。
「少し、休もうか」
そう言いながらプレートメイルの胸甲冑部分を取り外すランヴァー。彼に見習って、アシュやルーシーもまた自らのレザーの内部に少し空気を取り入れる。
「あなた達はいいわね」
「お前のはチェインメイルだからな、完全には脱げない」
「そうよね……」
そう愚痴を溢しながら、しかしチェインの下半身部分を微かに捲し上げるヘレンの姿を見たランヴァーは、軽くその眉を潜め。
「おい、はしたないぞ……」
「暑いのよ、仕方がないじゃない……」
「だからって、その姿は」
彼女ヘレンをたしなめるが、そのヘレンは聞く耳を持たず。
「ねえ、ヘレン」
「何よ、ルーシー?」
「そのチェインメイルの下って、何を着ているの?」
「特に普通、厚布のズボンとあと……」
「下着?」
「バカね、貴女」
ルーシーとのよく解らないやり取りをしている。
「……」
チラリと見えた彼女ヘレンの、チェイン下のよく引き締まった尻のライン、それを見てしまったアシュの脳裏に、再び。
――地下五階で待っている――
「魔女」の肢体が妖しく揺らめく。
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