第21話「陽光、再び」

  

「何で、俺はまた……」


 第一階層、最近また新たな冒険者が街へと入ってきたせいか、今日はやや盛況である。


「ここにいるんだろう?」


 ランヴァーもルーシーもいない、今のアシュにはそれなりの小金があるために、一人でも遺跡探索可能な道具を揃える事が容易いのだが。


「漁りの目的もない、かとかいって……」


 「真面目」に冒険者稼業をしようというわけでもない。ただ単に。


「あの女……」


 この何週間か、彼を悪夢。


「何者なんだ?」


 または、うつくしい夢へと誘う彼女、その女に会いたいが為に、このカルマンへと来ているのだ。


「新米の冒険者達は、皆新たに発見された方に、行くと……」


 街の噂では第一階層、この階層でまた新たなる隠し部屋が発見されたという、その先にかなり広い空間があるらしいが。


「ま、せいぜい頑張ってくれ……」


 何人生き残れるものやら、そうアシュは胸の内で呟きながら、自身は。


「あそこに行くのも、三回目だな……」


 例の、コロシアムのような空間へとその歩を進める。




――――――




 死体漁りや僧侶達、そしてグールやジェリーなどによって「掃除」されたこの通路は、もはや綺麗なものだ。


「それでも、何か腐敗臭はするんだよな」


 埒もあかない事を言いつつ、アシュは所々陽光が射し込み、埃が舞う通路の中を一人歩く。すでに何の旨味も無いのか、アシュの他には誰一人としてこの通路を歩む者もいない。


「さて……」


 しばらく歩いている内にたどり着く大広間、コロシアムの中心にアシュは立ち。


「このレイピア」


 呪われた漆黒のレイピア、それを誰にともなくかざしてみせる。


「いったいどこに、誰がとっていったんだ……?」


 ルーシーを襲った大男はこのレイピアを何者からか奪ったという、その元の持ち主を探すのは困難ではあるが、元々あった場所ならば探す事も不可能ではない。なにしろ。


「明らかに、いわくつきの品物だからな」


 良くすればこの剣が安置されていた祭壇みたいなのがあるのかもしれないし、悪くともそれなりの宝箱に入っていたのかもしれない。まさか無造作にそこらへんにあった訳ではあるまい。


「ふむ……」


 コロシアムのあちらこちらに散らばっている宝箱、それをひとつひとつ調べてみるのは手間ではある。ならば。


「先に、もう一つの可能性を見つけてみるか……」


 もう一つの可能性、すなわちこの剣がそれなりの場所にと安置されていた可能性だ。


「ん?」


 その時、何かアシュの瞳の中で陽光が撹拌されたような気がしたが。


「気のせいか……」


 ある一ヵ所のブロック、そこに何か妙な感覚を感じたアシュであったが、単なる感じ過ぎだと彼は少し気を取り直す。


「あそこらへんは、怪しそうだな……」


 アシュが見当を付けた場所、やや暗く奥まった通路に彼がその目を向けていると。


「何を探しているのです?」

「何をって……」


 突如として後ろから聞こえてきた女の声、それに対しアシュが剣を素早く抜きつつ身を翻した、すると。


「あんたは……?」

「はい?」


 薄い空色の衣服に身を包んだ、魔術師らしき女の姿がある。


「あの女じゃない……」


 何か、少し何かを期待していたが為に、やや失望の色を隠せないアシュ。


「妹が」

「あん?」

「妹が言っていたのは、あなたですね?」


 その言葉を聞いた途端にアシュの身体に電流が疾り、自然に黒いレイピアの切っ先が彼女の顔へと向く。


「お、お前達は何者だ!?」


 サァ……


 天からの陽光、遺跡の隙間を通して届く光がコロシアムの埃、砂煙を煌めかせ、その光はそのまま。


「私達は、魔女……」


 謎の女、その青いローブを纏った女にと妖しく絡みつく。


「魔女、か」

「ええ」


 ゴク、リ……


 この城塞都市の君主を脅かしている張本人、そして多額の賞金を狂王により掛けられている魔物。それが今、アシュの目の前にいる。その魔女が複数形を使った自己紹介をしたことにも、アシュは気がつかない。


「こ、このレイピア」


 カラカラに乾いた声に上ずった言葉、それに「魔女」は微かに口の端を歪めたようであるが、アシュはそれにも気がつかず。


「一体、何なんだ?」

「さあ……」

「と、とぼけるなよ」


 またしても、以前と同じく虚勢に満ちた言葉を吐く。


「このレイピアのせいで、俺は……」

「妹が作った物ですので」

「……」


 だがその魔女、青い服装に陽を浴びて美しく輝く黒髪を誇らしげに揺らす彼女の態度には、どこかアシュを、何も知らない子羊をいたぶるような感じがある。


「……解呪出来ないのか、このレイピア」

「それをお望みで、貴方は?」


 その言葉、それはアシュの身に起きていることを理解しているからこそ言える言葉だ。


「毎夜の伽も、出来なくなりますわよ」

「やっぱり、あの夢はあんたたちが……」

「それほど、貴方にとって悪い物ではないと御思いしますが」

「チッ……」


 なにやら気勢を削がれたアシュはレイピアの先を無造作に下にと垂らし、そのまま相手の顔を実とながめる。


「あの女とは、似ているのは確かだな……」


 白い肌に艶やかな黒髪、服装を除けばあの「魔女」と同じ姿といっても過言ではない。


 ザァ……


 その時、一陣の風がそのコロシアムへと疾り。


――第五階層で、お待ちしておりますわ――


 風と共に、女の姿は消える。


「……」


 一方的にそう言われても、アシュにはどうしたらいいか解らない。


「第五階層、か……」


 もちろん、その階層へ行く近道はランヴァー達と行動を共にすることだが。


「俺が、そこまでの下層にまで行けるのか?」


 第三階層、それがアシュが行ける最大の限度であり、他の冒険者もほとんどはそこまでしか行けない。唯一第五階層までいけたのは、金剛石の冒険者一行だ。


「だが、そいつらも半壊したという」


 ましてや、アシュが第五階層を意識しているのは金銀財宝でも、もちろん高尚な理由でもない。単に。


「誰にも言えねぇんだよ、誰にも……」


 男の性に取り付かれての話なのだ。


「……」


 その彼を笑うかのように、コロシアムにとまた、風が吹く。

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