第23話「死出の旅(前編)」

  

「冷却の魔法、もう少し強くした方がいいか?」

「どうかな……」


 デニムじいさんのその意見に即座にランヴァーが答えないのは、彼の魔力消耗を気にしての事だ。


「この通路、溶岩とかの心配はないようだが……」


 とはいえ、アシュがそのゴツゴツとした岩肌に時々レイピアの鞘が当たってしまうくらい、その通路の幅は狭い。


「ルーシー、もう少しカンテラの光を強く開いてくれ」

「わかった」


 通路が狭い分、いざ戦いになったらルーシーと即座に入れ換わるのは難しいが為に、今はプレートメイルを身に付けているランヴァーが先頭に立っている。


「こんな狭い場所で、戦いなんかしたくないよなぁ……」

「うるさいわよ、アシュ」

「へいへい……」


 だが、そのアシュの気持ちは恐らくはランヴァー、いや他のメンバーも同じであろう。彼アシュの隣でデニムじいさんが小さく頷く姿が見える。


「ん?」

「どうしたの、ヘレン?」

「今、何か物音が聴こえなかった?」


 そのヘレン、後列を守る彼女の言葉を聞いたルーシーが、頭を守るレザーフードを肩にと落とし、耳を立てる。


「本当だ」

「俺にも聴こえた」

「何だと思う、アシュ?」

「ふむ……」


 ランヴァーやデニムも耳を聞き立てているが、どうやら彼らには聴こえないようだ。ランヴァーはチェインのフードを身に付けているし、デニムじいさんは単に歳であろう。


「ランヴァー、デニムじいさんに頼めばいいかな?」

「そうだな……」


 一応、老魔術師に自分の意見を言う前にランヴァーに確認をとったのは、彼がこのチームのリーダーであるし、もともとデニムは彼の知り合いだ。


「デニムじいさん、頼む」

「うむ……」


 その言葉に老魔術師は軽く頷き透視、遠視の魔術の為に必要な素材、蜘蛛の目玉と鷹のくちばしを腰のポケットから取り出した。


「硫黄の匂いが強くなってきたな……」


そのアシュの独り言をよそに、デニムは呪文を唱え始める。




――――――




「で、どう出るよランヴァー」

「さあてな……」


 そのアシュの問いに、ランヴァーはすぐには答えられない。


「モノが、大物だ」

「まあ、な……」


 デニムじいさんが「見た」相手、それは一般的にケルベロスと呼ばれている怪物だ。


「三つの頭を持ち、その口からは炎を吐く地獄の番犬」


 神話にもよく出てくる魔物であるからであろうか、ヘレンもそのケルベロスの事については知っている様子だった。


「幸か不幸か、奴のいる場所は巨大な広間だ」

「他には何も居なかったんだな、じいさん?」

「何か通路を護っている、そんな様子だった……」


 そう言ったきり、デニムはその口をつぐみ背に背負ったバックパックから魔法の素材を取り出す。


「耐熱の魔法の強力版だよ、ランヴァー」

「やはり、それしかないか……」


 デニムじいさんの行動が示す通り、結局としての戦法は限られている。もちろんその前に。


「ルーシー、アシュは先にクロスボウによる射撃を頼む」

「それで倒せるとはおもえねぇぞ?」

「やらんよりはマシだ」

「まあ、な……」


 ランヴァーがアシュ達にそう言っている傍ら、ヘレンもデニムに何かを伝えている。どうやら彼女もある程度の耐熱の魔法が使えるみたいである。


「だったら、ここまであなたが使っていればよかったじゃない」

「この魔術師の方のと比べて、僧侶魔法の耐熱は効率が悪いのよ、ルーシー」

「ふーん……」


 そのヘレンの言葉にルーシーは、自分がその話題を吹っ掛けたにもかかわらず、無関心そうに軽く頷きながらクロスボウの調整を行っている。


「デニムじいさん、奴さんは俺達に気がついたかな?」

「犬は鼻が鋭い、耳もな」

「奇襲は無理か」

「どのみちこの先の広間はやや薄暗い、灯りが必要だ」

「ならば」


 一つ手を叩いてから、ランヴァーは頭上を見上げるような仕草をして。


「じいさんは灯りを作ってから、何かケルベロスに通じるような魔法を準備してくれ」

「火球の魔法は通じんだろうし、吹雪の魔法はわしには使えん」

「電撃は?」

「それでいこう」

「決まったな」


 ランヴァーの説明によれば、まずアシュとルーシー、デニムが先制攻撃を与え。


「それから、すぐに俺達と交代だ」

「解ったわ、ランヴァー」


 それから後は、総力戦だ。


「なあ、ランヴァー」

「どうした、アシュ?」

「他のルートを探すという、選択肢は無いか?」

「バカ野郎、何を言ってやがる……」


 そう言いながら、軽くアシュの頭を小突くランヴァーではあったが。


「冒険者になれるチャンスじゃねえかよ……」


 そのランヴァーの言葉に、どこかアシュは背筋が冷たくなる物を感じた。


「さ、行くぞ……」

「あ、ああ……」




――――――




 その広間は予想以上に灯りが不十分であったが為に、僧侶ヘレンが急いで灯りをもう一つ作る。


 ギュア……


 その照明が不十分だったせいか、それとも迫りくるケルベロスの瞬発力が思っていたよりも俊敏だったせいかは解らないが、アシュ達が放ったクロスボウは命中せず。


「アル・バーザ!!」


 デニムじいさんの放った電撃の魔法のみが、どうにかケルベロスの頭の内一つをかすめたのみだ。


「どけ、アシュ!!」


 宙に浮かぶケルベロス、その魔獣が落下をしながら二つの口を大きく開く。


 ゴゥウ……!!


 炎の波、ちょうど魔術師が扱う火炎の魔法によく似たそれが運悪く密集しているアシュ達を包み込んだ。


「か、神よ……!!」


 耐熱の魔法をかけていても防ぎきれない火焔、それに対してヘレンが治癒の魔法を皆に掛けようとしたが。


「くそ!!」


 そのまま凄まじい勢いで密集陣形のアシュ達の中央へと降り立つケルベロス、その魔獣の「あぎと」がヘレンのチェイン・メイルをむしりとる。


「ランヴァー、引くぞ!!」

「何を言ってやがる、アシュ!?」

「俺達の手に負える相手じゃない!!」


 黒のレイピアを牽制に振りながらそう叫ぶアシュ。彼のスタデッド・レザーも先程の火焔によって斑になり、所々から煙が吹いている。


「この!!」


 ランヴァーがやや出鱈目に振り回した大剣はケルベロスの外皮、まるで青銅を思わせるその躯にと防がれ、満足な効果を発揮しているようには見えない。


「英雄になるんだ!!」

「馬鹿野郎が、ランヴァー!!」


 ようやく効果を発揮し始めたヘレンの治癒魔法、それによって地面にと転がって呻いていたルーシーとデニムが立ち上がり、ランヴァーやヘレン達の背後に隠れたのを見たのか。


――グゥル!!――


 魔獣はまたしても驚異的な跳躍力を発揮し、一旦アシュやランヴァー達から離れる。


「引くぞ、ランヴァー!!」

「臆病風なんだよ、お前はな!!」

「そうやって、俺達は今まで生きてきたんじゃないかよ!?」

「いやだ!!」


 アシュのその悲鳴じみた言葉も無視し、ランヴァーは大剣を大上段に構えつつ。


「英雄になるんだ!!」

「バカ野郎が!!」


 何か、何かに取りつかれたようにケルベロスにと駆けていく。

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