第19話「浮かぶ肢体」
「んーん……」
安宿の寝台で呻くアシュ、彼の見ている夢の中には「例の女」がその姿態をくねらせ、アシュにとその腕と脚をからませ。
「くあっ、はぁ……」
そのまま飛び起きたアシュは、自らが夢精している事に気がつき、暗い部屋の中でコソリと着替える。
キィ、ン……
それを見つめる漆黒のレイピア、鞘にと入ったままのその刀身が、彼のその姿を軽く笑った。
――――――
「金剛石の冒険者、半壊したんだってよ」
「へえ……」
「聞いているのか、アシュ」
「ランヴァー、聞いているってよ」
朝の定食屋でパンとスクランブル・エッグという朝食をランヴァーと共に食べているアシュには、どうも元気がない。あまり良い睡眠をとれなかったからだ。
「少し、調子が悪いんだ」
「へえ、じゃあ第三階層で残りの物を取ってくるのは、今度にするか?」
「お前達だけで行けないか?」
「そうなれば、お前の取り分は少なくなるな、アシュ」
「それは困るな……」
そう言いながら、微かに乾いた笑みを浮かべつつ定食を平らげるアシュ。そのアシュの顔を見つめながら。
「でも、お前が行かないとなるとあとはルーシー、そしてデニムじいさんだけになるな」
古びた天井を見上げ、軽く息をつくランヴァー。
「ヘレンはしばらく、容態安定を待つか?」
「死んだことに、引け目を持っていたがね」
「そりゃ、あの女のせいで俺達全体の収入がな……」
「言ってくれるなよ、アシュ」
「フン……」
そう言っている内にランヴァーも朝食を食べ終え、軽くその背を伸ばしている。その姿を見やりながら、アシュは。
「なあ、ランヴァー?」
「何だ」
「ルーシーの事、どう思っている?」
「質問の意味がわからないぞ?」
「つまりだ、この前の大蜘蛛との戦いの時、先に逃げた……」
「なんだ、その事か」
アシュのその言葉にランヴァーは合点がいったらしく、何度か自身を納得させるかのように頷いてから。
「まあ、もともとそういう関係だからな」
「ふむ……」
「許す、許さないの話じゃない……」
だが、どこか彼女の行為について根に持っている、アシュから見たランヴァーの様子はそう感じる。
「それを言ったら、あのデニムとかいうジイサンも同じだがね……」
その魔術師デニムについてはどう思っているのか、その事をアシュは彼ランヴァーにと尋ねようとしたが。
「さ、やっぱり第三階層に行くぞ」
「そうだな、俺も行くよ」
「そう言ってくれると、有り難い」
さっさと席を立ち上がったランヴァー、彼の早足に置いていかれないように、アシュはついていった。
――――――
「帰還の巻物、買った甲斐があったわね」
そのルーシーが言う通り、ランヴァー達によって荒らされた巨大蜘蛛の巣、何とも言えない臭いが充満し窒息しそうなその空間の中で。
「あの蜘蛛、宝石を溜め込んでいたわ」
「ああ、良かったな……」
「気の無い返事ね、ランヴァー?」
「ヘレンの事が心配なの?」
「まあ、な……」
軽口を叩きながら、アシュ達は目ぼしいものを探している。
「結構、気の強い女僧侶さんだからな」
「惚れた?」
「それこそ馬鹿な話だよ、ルーシー」
蜘蛛達の残骸に加えて、宝石やら武器やらが見つかったのは有り難い。それに加えて、先にルーシーが言ったように帰還の巻物を買っといたのは本当に良かったと思う。
「第二階層、あそこにお仲間の臭いがする奴等がいたからなあ……」
こんな大荷物を抱えた状態では満足に戦えない、チームワーク以前の問題だ。
「でも、デニムのじいさんのお陰で巻物も、魔方陣の契約も安く済んだからな」
「見直したか、アシュとやら?」
「少しはな、その立場とやらに」
その言葉はアシュにとって軽い皮肉であったが、彼デニムがそれに気が付いたかどうかは解らない。頬から伸びている白髭に紛れて、表情がよく解らないのだ。
「さて……」
目ぼしいもの、価値がありそうな物を大広間の中心にと集め、老魔術師デニムは帰還の巻物を拡げてみせる。蟲の卵やら外殻やらは金目の物にくっつかないように、麻布にとくるんである。
「我ら、ここに帰還せり……」
巻物の詠唱と共にチョークで描いた魔方陣が淡い光を発し、その中にといるアシュ達もまた、光に包まれる。
「ルーデ、フォルム!!」
その巻物最後の一小節、それをデニムが叫ぶと同時に。
フゥ……
悪臭を放つ大広間、その場からアシュ達の姿が忽然と消えた。
――――――
「おや、あれは……」
何か気分が優れないが為に錬金術協会との取り引きをランヴァー達に任せたアシュは、夜の闇の中自身が寝泊まりしている宿へ戻る途中に。
「噂の、金剛石の冒険者とやらかな?」
満身創痍の冒険者、アシュからしてみれば全く手の届かない価値がある武具に身を包んだ男女が、この都市国家の主の重臣と思われる男と話し込んでいる姿が見えた。
――金剛石の冒険者、半壊したんだってよ――
その、今日の朝にランヴァーが話した言葉が脳裏へと浮かぶ。
「おい、お前」
その時、一人の屈強な兵士が薄闇の中、アシュの顔を覗き混む。
「な、何だよ……」
「ここで何をしている?」
「何でもないよ……」
「ならば、とっとと消えろ」
「へいへい……」
見るからに強そうなその兵士に、アシュはやや卑屈な笑みを浮かべながら、なにやら話し込んでいる金剛石の冒険者達からその視線を離す。
「魔女にでもやられたかな……?」
魔女、それはこの街の統治者が多額の賞金を掛けている、カルマンの遺跡奥にと居座っているらしき魔法使いの事だ。
「まあ、俺には関係の無いことだ……」
アシュにしてみれば、この街が危うくなったら別の街へと行けば済むことである。
――――――
目前にと浮かぶ裸の女、それは夢の中にといるアシュの精を吸い取り、もてあそび。
「ぐ、ぅあ……」
目を覚ましたアシュがサイドテーブルの水筒にとその手を掛ける傍ら。
「ふぅ……」
漆黒のレイピアは、妖しく光る。
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