第18話「生き甲斐」

  

「詠唱、祈り……」


 大枚を叩いて教会へと依頼したヘレンの蘇生、それを取り仕切るでっぷりと肥えた司祭の顔には、いく筋もの汗が流れている。


「念じろ!!」

「ああ……」


 最悪、灰になることも珍しくないと言われている蘇生の儀式。しかしその最悪の事態は訪れず、ランヴァーの目の前で。


「う、うーん……」


 薄絹をその身にと纏ったヘレンは、息を吹き還す。


「こ、ここは?」

「大丈夫か、ヘレン?」


 その、身体の復活を果たしたヘレンに対してその手を取ってやるランヴァーに対し。


「ささ、寄付金を……」


 教会の司祭様は、見も蓋もない言葉をかける。




――――――




「女王蜘蛛の目玉、なかなかお目に出来ない品物だぜ……」

「まあ、確かに……」


 錬金術協会に女王蜘蛛の身体部分を持ち込んだアシュ、その協会との交渉はどうやら風向きが良い。


「確か、欲しかったものではなかったのかね、協会は」

「まぁな、デニム」

「ならば、お買い得だとは思うが」


 それは、錬金術協会と繋がりがあったらしい老魔術師デニムの存在も助けにはなっている。


「大蜘蛛の目玉、脚に腹に卵……」


 異臭を放つそれらのパーツを広間の上に並べながら、その錬金術師はその腕を組み、何かを考えているようだ。


「消費期限があるからなあ……」

「はやく使えばすむことじゃねえかよ、あんた」

「まあ、魔術師や僧侶の使う魔法の触媒にもなるし」

「そうそう……」


 そこまで言って、売買役の術師は懐から計算道具を取りだし、その珠を素早く弾く。


「これでどうだ、冒険者よ」


 その導き出された数字は決して悪くはない。しかしアシュは。


「これっぽっちかよ、おい」

「そ、そうか?」

「そうそう、手に入るもんじゃないはずだぜ?」

「ふぅむ……」


 少しその面を「強面」にとし、値の吊り上げを迫る。何しろ、女僧侶を蘇生させるための金の工面で、ランヴァーの奴の今までの蓄えが底をついている事を知っているからだ。


「どうにかならんか、お主?」

「よし、解った」


 老魔術師デニムもその事を知っているのか、アシュの成している交渉に協力の意を示しているようだ。アシュには解らない専門知識などを言って、相手を納得させようとしてくれている。


「全てくるめてこの金額、これ以上は出せない」

「よし、良いだろう」


 アシュの見たところでは、魔物の残骸の買い取り価格としては充分な金額だ。それに納得したアシュは。


「出来れば、支払いは宝石にしてくれないか?」

「金貨じゃだめなのか?」

「少し、要り用でね」


 と、僅かな注文を錬金術師にとつける。




――――――




「ルーシー、あの銀の剣は売れたか?」

「バッチリよ、アシュ」

「そりゃ、よかった」


 ヒュージスパイダーの巣には、その大蜘蛛達がかき集めたと思わしき幾つかの品物があった。その中で蜘蛛の残骸もろとも、あまりかさばらない品を選んで地上まで持って来たのだ。


「風呂にでも入ったのか、石鹸の匂いがする」

「あたりまえじゃない、あんな臭いを発していたら、誰も相手をしてくれないわよ……」

「俺も入りゃよかったかな?」


 しかし、錬金術師という連中は皆、蜘蛛の体液にまみれたアシュやランヴァー達のような臭いを発している為、取引相手もあまり気にしなかったのかもしれない。


「……ねえ」

「ん?」


 星一つ見当たらない夜の空、血のように紅い満月が歩く二人、そして街並みを照らしている。


「ランヴァー、いまどこにいるかしら?」

「まだ、教会だと思うぜ」

「ふぅん……」


 何か言いたそうな雰囲気のルーシーではあるが、アシュはあえて彼女の事をそっとしておく。


「まだ、第三階層の蜘蛛や残った道具は回収していないからなあ……」

「そ、そうね……」

「ああ」


 ルーシーの、奥歯に物が詰まったかのような声を放っている彼女の今の気持ちはアシュにはよく解らない、それが為にアシュはわざとらしく「現実的」な話題を振った。


「あの女の蘇生代金、それも安くはないと思うし」

「あのね、アシュ」

「ん……」

「あんたは、どうして冒険者を目指したの?」

「そりゃあ、なあ……」


 ここ数日、彼自身も思いだし悩んでいるその理由、それについて彼アシュは。


「お前はどうなんだ、ルーシー」

「あたしは、世界一の金持ちになるため」

「はは……」

「おかしい?」

「いや、別に……」


 正直、アシュと同じ「理想」であったものをその口から放ったルーシーに対して、彼は軽く笑う。


「夢とは、現実の前に破れるものなのだと思ってな」

「だけど、ランヴァーは……」

「ああ、そうだルーシー」


 ランヴァー、あの戦士は今でも富と名声、いやそればかりではなく。


「生き甲斐を求めているんだろうな」

「生き甲斐、かあ……」


 二人がとうに無くしてしまったその考え、それを未だあの悪友「ランヴァー」は持っているという事に、二人の内どちらともなく、ため息が漏れだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る