第17話「第三階層の死闘(後編)」

  

 だが、その気合いだけではどうにもならないのが「冒険者」だということを、アシュは二、三年ぶりに思いだしていた。


「くそ、レイピアが通らねえ!!」


 他のヒュージスパイダー達とは桁が違うその身体能力、それを蜘蛛達の「女王」はアシュ達にと見せつけている。


「こ、これで!!」


 矢を使い果たしたルーシーの横では老魔術師が、残り少ない触媒を使用して電撃の魔法を女王にと浴びせているが、その猛る女王の勢いを止まらす事は出来ず。


 ヒュア……!!


 撒き散らされる毒液、それを僧侶ヘレンに身体から取り除いてもらいながら、ランヴァーはへこんだプレートをもろともせずにひたすら大剣をその「女王」にと叩きつけている。


「よし!!」


 その女王の巨体の脇へと入り込んだアシュ、彼がそのレイピアを女王の関節の部分に滑り込ませると、どうにかその蜘蛛の女王は怯み始めたようだ。


 ドゥ!!


 しかし、猛る心は止まらないのか再びランヴァーにとその巨体をぶつける女王、ランヴァーが身に付けているプレートの止め金が辺りへと散る。


「くそ!!」

「アシュ、ランヴァー、撤退よ!!」

「出来るかよ、この状態で!!」


 アシュの言う通り、この女王ならば通路にまで追ってくるであろう。そうなればルーシーやアシュ、デニムじいさんは逃げることが出来ても、ランヴァーとヘレンは逃げ切れない。


「俺が仲間意識を感じている、まさかな!!」


 輝く黒いレイピア、それを出来る限り相手の外甲殻の薄そうな所へと突き刺し、どうにか女王の気をこちらに向かわせようとするアシュ。


 ガァウ!!


 その時、鈍い音を立てながらヘレン、女が膝をつき、そのまま地面へと倒れ伏す姿がアシュの視界にと入った。


「突っ込み過ぎやがって、バカめ!!」


 罵り声を上げるランヴァーは彼女を助ける素振りを見せない、少しでも気を外してしまうと女王の「あぎと」の餌食になってしまうからだ。そのまま彼は魔法の剣を相手の頭部にと、何度も斬りつける。


 グゥ!!


 その時、この大広間の後方で老魔術師と弓使いルーシーが逃げだしたらしいが、もうアシュは気にしない。レイピアがこの女王の重要神経を貫いた感覚があった為だ。勝てる。


「アシュ、こいつから離れろ!!」

「おう!!」


 苦痛のあまりでたらめにその頭を振り乱すヒュージスパイダーの女王、アシュとランヴァーは一旦その女王から距離を取り、衰弱するのを待つ。


「よし!!」


 女王がその頭をうなだれた、その隙を狙ってランヴァーが大剣を大きく振りかぶり。


 ゴォウ!!


 そのまま、勢いに任せて「女王」の頭部を粉砕した。




――――――




「どうだ、ヘレンは」

「だめだ、即死だよアシュ」


 頭部が砕かれ、無惨な姿を晒している女僧侶の傍らで、ランヴァーはその顔に沈鬱な表情を浮かべる。


「その女僧侶さん、死んじゃったの?」

「おい、てめぇ……」

「な、何よランヴァー?」

「逃げやがったな、ルーシー」


 その低く抑えたランヴァーの唸り声、戻ってきたルーシーはその声に軽く怯みつつも、ランヴァーから注がれる鋭い視線からはその目を外さない。


「それでも仲間なのかよ、ルーシー」

「何偽善者ぶっているのよ、ランヴァー」

「何だと!?」


 ランヴァーの吼える声、その声量の大きさにルーシーと同じく、戦いから逃げ出した老魔術師は何か物陰にと隠れている。


「おい、止めろランヴァー」

「何でだよ、アシュ!?」

「俺達らしくないぞ、おい……」

「俺達らしいってなんだよ!!」


 何か戦いの興奮だけではない、別の感情も入り交じっているそのランヴァーの声に、アシュも軽く彼から身を引く。


「せっかく、まともな冒険者になれるとおもったのによ!!」

「まともな冒険者だって、ランヴァー?」


 ランヴァーのその言葉に、ルーシーはヘレンの亡骸やヒュージスパイダー達の死骸が転がっている事も視界に入らないかのように、軽く鼻を鳴らす。


「やっぱり偽善者だ、あんたはねランヴァー」

「この!!」


 パァ、ン……!!


 そのランヴァーの平手は革の手袋を身に付けているが故に、ルーシーにはかなり堪えたようだ。


「女に手を挙げて、この卑怯者!!」

「どっちが卑怯だ!!」


 そのルーシー、彼女が腰のダガーにと手を伸ばしたのを見て、アシュは危機感を覚え。


「止めろ、二人とも!!」

「しかし、アシュ!!」

「ランヴァー、お前達何をやっているのか解っているのか!?」


 アシュのその仲裁、それによってランヴァーとルーシーは互いに顔をそむけあい。


「チッ……」


 どちらともなく、舌打ちをする。




――――――




「俺はな、アシュ」

「何だ、ランヴァー?」


 ヒュージスパイダー達の巣から、手軽に持ち運びの出来る物だけを手に取り後は再度訪れた時に回収する、そう決めたアシュ達一行は、無言で第一階層への階段を昇っている。


「まともな冒険者への夢、それが捨てきれないんだ」


 頭の無いヘレンの亡骸を背負ったまま、そう呟くランヴァーの言葉に。


「……」


 アシュ、ルーシー、そして老魔術師デニムの三人は無言を貫く。

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