第16話「第三階層の死闘(中編)」

  

「ルーシー、このレイピアって」


 アシュのその問いに、横にと立つルーシーは回りの気温が高いにも関わらず。


「いったい、どういう経緯で手に入れたんだ?」

「止めてよ、気色の悪い……」


 何か鳥肌が立っているようだ。しかし、このレイピアを手にした男に襲われたとは言っていたものの、その前後の事は聞いていない。


「何、あたしに対する嫌がらせ?」

「いや、そうじゃなくてな……」

「第一階層でそれを手にした死体が転がっていたから、それをあの男が奪い取った、それだけ」

「そ、そうか……」

「もういいでしょ、その話は」


 だいたいの経緯はその通りだと思う、嘘は言っていないと思うがそれでも彼アシュにしてみれば。


「とっとと解呪しなさいよ、そんなレイピア」

「いや、そうなんだが……」

「あたしにとっては、見るだけで嫌なのよ」

「はいはい……」


 何かこのレイピア、単なる呪われた品で片付けていいものなのか、迷ってしまう剣なのだ。


「こっから石畳じゃない、気を付けろよ」

「おう……」


 そのランヴァーの言葉を受け、アシュとルーシー、そして。


「今のところ、何事もなくて暇だが……」

「また暑くなってきた、魔法の力が弱まっているんじゃないの?」


 何か文句を言っている老魔術師デニムとヘレン、後列の二人もややにその歩幅を狭くし、足元に気を付ける。


「俺が先頭に出ようか、ランヴァー?」

「いや、第三階層は怪力自慢の魔物が多いよ、アシュ」

「なら、俺の場合は奇襲を食らったと同時に御陀仏か」

「何かあったら、すぐに声をかけて呼ぶさ」

「そうかい、じゃなあ……」


 そのランヴァーの言葉の通り、アシュ達一行はあまり密集隊列をとっていない。機敏な動きの妨げになるからだ。


「さて、と……」


 アシュは腰の鞘に収まっているレイピアの柄を握りながら、周囲の様子を観察する。第一、第二階層と比べて天井など、通路などの幅がやや縮こまった感のあるこの階層、遠くでは溶岩の河が流れているが、どういう原理でこんな浅い所に溶岩が蠢いているのか、それはアシュにはよく解らない。


「休火山なのかもしれないな……」


 そう、とりとめのない事を考えつつ、アシュはまた周囲の岩壁にとその視線を送る。




――――――




「近くに、巣がありそうね……」


 ヒュージスパイダー、巨大な蜘蛛をそのクロスボウで射殺したルーシーの声に、ランヴァーは無言でその顎を頷かせる。


「遠視の魔法は使えないか、デニムじいさん?」

「やってみよう」


 そう、老魔術師は言うと今仕留めたばかりの巨大蜘蛛からその目と脚をもぎ取り、杖をかざして何やら術を唱え始めた。


「……」


 暫くの間、無言で術に集中していたデニムであったが、結果が気になったアシュが声をかけようとした、その瞬間に。


「ウジャウジャいる、どうするか……」


 彼はその身を振り返らせ、遠視の術の結果をランヴァーにと伝えた。


「そうか、どうするかな」

「火を使っては、ランヴァー?」

「そうそう上手くいくかな、アシュ……?」


 火と煙、それを使っていぶりだす策をアシュは言ったが、どうもランヴァーはあまりいい顔をしない。恐らくは。


「失敗すれば、こっちが窒息するんじゃないの、ランヴァーさん?」

「そうだなあ、ヘレン……」


 そのヘレンの言葉の通り、ランヴァーは上手くいかなかった時の事を心配しているのだろう。


「ヘレンさんよ」

「何よ、アシュ?」

「活力の魔法とやら、使えねぇか?」

「活力の魔法?」


 第三階層の熱気にうんざりしている風ではあったが、ヘレンはアシュのその提案を聞きながら何かに合点したように頷く。


「ランヴァーさんを矢面に出そうと言うの?」

「奴だけに貧乏くじは引かせねぇよ」

「じゃあ貴方も、アシュ?」

「あんたもだ、ヘレンさんよ」

「私もかしら?」

「教会への寄付金目当てに、この探索に加わったんだろ?」

「働けって事かしらね、全く……」


 そのアシュの物言いに顔をしかめるヘレン僧侶であったが。


「ランヴァーさんに聞いてみるわね」

「ああ……」


 作戦自体は悪くないと思っているらしい。その「力技」な作戦自体には。


「珍しい」

「何が、ルーシー?」

「あんたがコソコソしないで、前線に立とうとするなんて」

「うるせぇ、馬鹿」


 そのルーシーの茶化すような言い方にムッとしたが、アシュにしても自分が放った言葉には、少し違和感を感じている所だ。




――――――




「これで何匹めだろうな!!」

「さあ、解らないわ!!」


 活力の魔法で、大きなスタミナを得たランヴァー達は、その剣と。


「もう、ヌチョヌチョ!!」


 フレイル(殻棹)をもってしてヒュージスパイダー達を叩き潰していく。最前線に立つそのランヴァーとヘレンの二人の身体には、兜にも鎧にも何とも表現し難い色合いの体液が降りかかっている。


「やはり、このレイピアは大したもんだ……」


 二人と同じく「活力」の魔法により強靭な戦士と化したアシュの呪いのレイピアも、数匹の巨大な蜘蛛をその鋭い切っ先で貫いている。


「ヘレンさん、活力の魔法が切れそうだ」

「了解!!」


 そのランヴァーの声に、ヘレンは一旦フレイルを地面に降ろしつつ、その空いた手で腰のポーチから干し肉と得体の知れない、臭い粉末を取り出し。


「天にまします大いなる神よ……!!」


 術を使い、その握りしめた魔法の触媒をランヴァーにと向けて投げ付けた。


 パァ……


 その触媒は紅い光を放つ燐光となり、ランヴァーの身体を覆い包む。


「よし!!」


 何か、こころなし体格が増したと錯覚させられるような「影」がランヴァーを取り囲み、その力を受けたランヴァーの魔法の大剣が再びヒュージスパイダー達を切り伏せる。


「こりゃ、あたし達の出る幕はないかもね……」

「そうじゃな……」


 そのランヴァーを筆頭とした三人の奮闘、最初それを援護しようとしたルーシー達であったが、しばらくしてその援護の手を止めている。かえって邪魔になると思ったのだ。


「よし、これで!!」

「ランヴァー、油断するなよ!!」

「それはこっちの台詞だ、アシュ!!」


 ヒュージスパイダーという種は糸は吐かない。その牙には毒があるが、それはランヴァーのプレートを突き破る程の威力はない。それが為にランヴァーはあたかもチャリオットのごとくに蜘蛛の群れへと突き進んだのだ。


「しかしな!!」


 アシュの知識としてはある懸念がある。蜘蛛の巣にはその親玉。


 ヒュウア……


 女王蜘蛛が棲息しているはずなのだ。


「来たぞ、ランヴァー!!」

「おう!!」


 活力の魔法で身のこなしまで上がっているのか、その身を包むプレートの重さを感じさせない動きでランヴァーはその、天井から降り立ってきた大蜘蛛。


「よし、いくぞ皆!!」


 人間の子供程の大きさがあるヒュージスパイダーよりもなお大きい、その巨体が先程までランヴァーがいた場所にと着地する。


「気を張っちゃって、まあ……」


 しかし、ややにクールな目線でそのランヴァー達の「冒険者」ぶりを見つめているアシュにしても。


「しかし、俺の心の底から沸き上がってくるこの気持ち、何なんだろうな……?」


 この戦いに何か、妙な高揚感を感じているのだ。

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