第15話「第三階層の死闘(前編)」

  

「おう来たか……」

「来ちゃ悪いかよ、ランヴァー?」

「いんや……」


 酒場の中でそう言いながら、声もなく笑うランヴァー、アシュの悪友の隣には。


「確か、あんたは……」

「世話になるの、若いの」

「おいおい……」


 以前に、アシュ達の隠した戦利品を横取りしようとしたグループ、それを率いていた老魔術師の姿と。


「貴方も来るの、チンピラさん?」

「チンピラは余計だ、女僧侶さんよ」

「フン……」


 少しは馴染みの顔である女僧侶、ヘレンの姿がそこにあった。


「彼女ら達、覚えているかしら?」

「たりめぇだ、ルーシー……」


 奥の手洗いから出てきたルーシーの声に、アシュは仏頂面をしながら。


「確かデニムに、ヘレンだろ」

「ご名答だ、アシュ」

「茶化すなよ、ランヴァー……」


 老魔術師と女僧侶の名をその舌にと乗せる。


「こいつらもついてくるのか?」

「保険だよ、保険……」

「分け前が減るぞ?」

「命の方が大事、違うかいアシュ?」


 そのランヴァーの言葉は正論ではあるが、どうにもアシュとしてはこの二人を信用しきれない。


「まあ、何はともあれ」


 パンと一つ手を叩いた後、ルーシーがその腰に吊るしてある酒袋、それに付いたコップにその中身を注ぎ。


「固めの酒といこうかしら」




――――――




「なあ、ジイサン」

「デニムじゃ、デニム」

「あんたは何の為に」


 今回の第二階層へと降りる通路は正道の、大橋を渡るルートである。ランヴァーがそこでいいといったのだ。


「俺達のチームに加わったんだ?」

「そりゃ、金じゃよ金」

「まあ、そうだがよ……」


 金といえば、女僧侶ヘレンも同じ答えであった。恐らくは教会関係の事柄か何かが関係しているのだとは思うが。


「はっきり言って、俺はあんたを信用していないぜ?」

「心の狭い人間じゃな、アシュ」

「気安く呼ぶな、ジジイ」


 微かに揺れる大橋、よく死体漁りたちが狩り場としている地帯であるが、今はその気配がない。この一行が外見的には、それなりに腕が立ちそうな冒険者に見えるからであろう。


「もうすぐ、第二階層だ……」


 先頭にと立つランヴァーの声に、アシュはシャッターを下ろしたままのカンテラの封を再び開く。この吊り橋とは違い、少し薄暗い場所があるからだ。


「ワシの明かりの魔法を使おうか、ランヴァーよ?」

「私も光源の魔法は使えるけど」


 デニムとヘレン、二人の魔法使いが口々にそういったが、アシュは頭を振って断った。魔法というものが素材を必要とし、有限な品物だということは知識として知っているからだ。




――――――




 第二階層は第一階層と同じくらい広大で、まだまだ未到達のエリアも沢山あるが。


「例の直通通路からいくぞ、皆」

「オーケー、ランヴァー……」


 ランヴァーとルーシーが言っている通り、第三階層へと降りるルートへはあまり障害となる物がない。普段は第三階層という物が危険な為、あまりこの階層以下にと降りる人間がいないだけだ。


「今回は、死体も転がっていないな……」

「浅ましい」

「うるさい、女僧侶」

「ヘレンよ」

「ああ、そうですか……」


 だが、そのアシュの言う通り第二階層、墳墓の腐臭が漂うこのエリアの通路には冒険者の死体も、その死体を漁る不届き者の死体も転がっていない。皆ここではない場所を探索しているのか、それとも。


「スライムにやられたのじゃかなあ……」


 老魔術師デニムの言う通り、粘液系の魔物の上位種「スライム」によって骨まで溶かされたかのどちらかであろう。グールならばもっと食べ残しがあるはずだ。


「急ぐわよ、みんな」

「おう……」


 そのルーシーの掛け声と共に、アシュ達はその脚をややに早める。スライムに対抗するには僧侶が使う「病気治療」の魔法か魔術師の使う「氷結」の魔法のどちらかしかないからだ。


「どちらにしろ、魔法は無駄遣い出来ねぇ……」


 そう呟くアシュの頬には何か熱さを感じる風、第三階層からの風が吹いてくる地点にまでたどり着いたのだ。


「さ、行くぞ……」


 ランヴァーは一瞬、少し休憩を取ろうとした素振りをみせたが、結局はそのまま第三階層にと続く階段を下る事を選んだようだ。ここでトラブルに巻き込まれる事を嫌がったのであろう。


「さて、どうかな……」


 腰のベルトに筒ごと挟んである帰還の巻物、教会がこの魔法のアイテムの需要を知っているが為に足元を見られている価格で購入したが、損にはなるまい。


「チェインメイルじゃ、暑かったかしら……」


 熱気に対して愚痴をいう女僧侶を始めとした、今一つ信頼の置けないチーム・メンバーに囲まれているこの不安定な状況では。




――――――




「デニムじいさん、耐熱の魔法を頼む」

「うむ……」


 強い熱気に包まれた第三階層、このまま下へといくと溶岩の河が流れていると言われているが、アシュはその光景は一回しか見たことがない。


 シュ……


 老魔術師デニムによって発動された耐熱防壁によって嘘のように涼しくなった空間、その中でアシュ達はしばしの休息を取る。


「この間道、細い道を通り」


 あまりあてにならないと評判の第三階層地図、それでもそれを見ながら、ランヴァーはその指を地図の上にと這わす。


「この空間、虫の巣に侵入する」

「虫の巣ぅ?」

「嫌か、ヘレン?」

「別に、そうじゃないけど……」


 しかし、彼女に不満があるのはそのしかめ面を見ただけでよく解る。


「虫、ヒュージスパイダーの身体はかなりの値段が付くし、それに」

「キラキラした物を集める習性がある、だろ?」

「そう、ダイヤモンドとかな」

「ちぇ……」

「どうした、アシュ?」

「いや、別に」


 ダイヤモンド、その言葉を聞くたびに。


――金剛石の騎士よ――


 あの女の、柔らかい肢体がアシュの身体に絡み付いた、その感覚が彼アシュの表皮にと再現させられる。


「まあ、この階層が初めての奴もいるしな」


 そう言って、ランヴァーはチラリとヘレンの方に視線を向けたが、すぐに地図上にとその目を落とし。


「慎重に行くか……」


 どこか己を納得させるかのように呟いたランヴァーは、少しだけアシュの顔に目をやった後、自身の得物である大剣へとその視線を落とす。


「なんだよ……」


 ランヴァーのその視線は気になったが、アシュにしても緊張はしているのだ。あまり余計な考えに捕らわれたくない。


「アシュ、少し食べる?」

「ああ……」


 クロスボウの調整を終えたルーシーが差し出す乾燥フルーツ、それを口に加えながら。


――金剛石の騎士よ――


 未だに、アシュの頭の一部は夢幻の中にいる。あの時のエクスタシーは夢か現か、彼にも解らないのだ。


「ん?」


 その時、女僧侶ヘレンが。


「アシュ、レイピアが光っているわよ」

「おお、そうか……」


 呪われたレイピア、それが鞘ごと鈍い光を発していることを指摘したが、アシュの返事は上の空である。

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