第14話「残泊」

  

「なあ、魔女って」

「何よ、アシュ?」

「本当に、いると思うか?」

「何を言うかと思えば……」


 装備を一新し、少しは身綺麗になったルーシーの隣の椅子にと座るアシュ。彼のどこかぼんやりとした質問に、ルーシーはその細い眉をしかめてみせた。


「御触れには、そうあるじゃない」

「いや、そうじゃなくてだな」

「何が言いたいのよ、アシュ?」

「どんな奴なのかな、と思ってよ……」


 その、どうにも要領がハッキリとしないアシュの言葉に、ルーシーは少し苛立ったようだ。埃っぽい酒場の中でダガーの刃の様子を確かめていた手を止め。


「何、第二の金剛石の騎士にでもなるつもり?」

「あんな大層なもんには、なれねぇよ……」


 そのルーシーのややに鋭いの瞳、眼光を無視しアシュはテーブルに突っ伏しながら、ちびちびとビールにその舌を這わせる。


「いや、まさかなと思ってな」

「あんたが何を言っているのかわからないのよ、あたしは」

「そうかい、じゃあいいよ……」


 それでも酒を飲む手を止めないアシュに対して、ルーシーは僅かに軽蔑の色が入った視線を送りながら。


「あたし達、三日後に第三階層へと潜るけど」

「ああ、そうですか……」

「行きたかったら、明日までに返事をちょうだいね」


 そう、一方的に言いつつ。


 ザァ……


 酒場のスリング・ドアを開き、昼の陽光をアシュのいるテーブルの辺りまで運ぶ。


「……」


 光に照らされて埃がより浮き立つようになった場末の酒場、そこでアシュは妥酒を飲みつつ。


「はあ……」


 彼の「操」を奪った、遺跡の女の事を頭へと思い浮かべる。彼女の事が頭から離れないのだ。




――――――




「みて、金剛石の騎士達よ……!!」

「格好いいわね……!!」


 街娘達が噂するその人物達は、人混みに紛れてアシュからは見えないが。


「ほら、そこをどいてくれ……」


 その、若い男の声だけはアシュにも聴こえる。


「ちぇ……」


 アシュのその呻き声は、やっかみやらひがみやらが混じったものだと、ランヴァー辺りは言うだろう。


――金剛石の騎士よ――


 その声、空耳と同時にアシュの脳裏に思い浮かぶ、見知らぬ女の肢体。


「くそ……」


 そういえば、その女が言っていたブラックダイヤのレイピア、それの持ち主という意味の事を。


「確か、アイツも詳しいことは知らなそうな素振りではあるが……」


 ルーシーに聞くことを忘れていたアシュは、その自身の腰にと吊るしてあるレイピアにその手を触れながら、しばしの間考える。


「どういう意味なのだろうな?」


 どちらにしろ、明日ルーシー達と会ってからだ。これから先の事は。


「と、なれば……」


 その時、一際大きな歓声が「金剛石の騎士」たちの周辺から聴こえる。その一団のリーダーが周囲の人間に手を振って応えたのだ。


「俺は、あいつらに付いていく気になったのかな?」


 そのまま王城へと向かうらしい金剛石の騎士達、輝かしい彼らにその背を向けつつに。


「ちぇ、キラキラしてやがる……」


 アシュはまた、ひがみに満ちた台詞を吐きながら、己のねぐらへとその足を伸ばす。




――――――




「保存食に、寝袋はこれでよし」


 格安で借りている宿の一室、そこでアシュは背中に背負うリュックサックに荷物を詰め込み終え、そして床に隠してある隠し金庫から予備の宝石を取り出し。


「小金も必要だ……」


 それを腰の巾着の中にと詰め込む。


「そういえば……」


 例の呪いのレイピアと新しく購入したクロスボウ、それの点検を行いながら、アシュの脳裏には。


「もしかして、俺達三人だけで行くのか?」


 一つ、大切な事を聞き忘れた。その考えが頭へとよぎる。


「まあ、他に仲間と呼べる奴もいないからな……」


 ただ、三人で第三階層に行くのは正直な話、かなり厳しい。


「まあ、いい……」


 最後に身に纏う予定のスタデッド・レザーのチェックを終えながら、アシュはその事は考えないようにした。


「無理そうなら、俺が抜ければ良いだけの話だ」

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